十参章 失敗
そして翌日。
時刻が朝申の刻(朝9時)を迎えた玉虫屋は惨憺たる有り様だった。
壊れた食卓、粉々になった照明器具、ヒビの入った壁、大穴の空いた天井。
そして煙を吐き出しながら完膚なきまでに壊れている電源装置。
その機械の前には黒焦げになって、店内のあちこちで倒れている6人の男女が居た。
「…………なんで……」
その1人である元昭が最初に起き上がり、目の前の悲惨な光景を目の当たりにし、辺りをしばらく見てから、
「な……何で……何でこうなるでおじゃ~~っ!!」
と絶望的な光景とは対照的に澄み切った空の下、彼の悲しみを込めた咆哮が天に響いた。
事の発端は今より僅か数分前に遡る。
☆
朝餉を済ませた元昭達は物置小屋に設置されている電源装置の前に集結していた。
「皆、集まったでおじゃるな? では、これより藍沼博士が開発した機械の試運転を開始するでおじゃ」
元昭の言葉に従業員一同、緊張した顔つきになる。
「これが成功すれば玉虫屋の経営再開は勿論のこと、我が足川家が日野本を統一する計画の小さな、それでいて大きな第一歩を踏み出す事が成功するでおじゃ。長年の悲願が達成される時でおじゃ」
「長年というよりぃ、数日ですぅ」
白水の指摘を無視して元昭は続ける。
「何度も言うようじゃが、麻呂の野望としての第一歩は摺河を乗っ取る事が目的でおじゃ。それが成功した暁には、そなた達には国を運営する地位……つまり幹部の役職を与える事を約束するおじゃ」
『おぉ……』
一同は驚愕と感嘆を交えた声を出して拍手をする。
「まだ拍手をするのは早いでおじゃ。拍手が出るか出ないかは今から試すんじゃからの」
そう言って元昭は敏明に電源を入れるよう促す。
「では博士、やってたも」
「任せるわいなっ!」
老科学者は未だ緊張したまま、装置に近付いて電源ボタンを恐る恐る押す。
すると「グォングォン……」と低い音を発すると同時に、鉄製の機械が振動を起こす。
今、この装置の内部で電気が発生しており、その力が大勾玉へと注がれる。
電源装置の音や振動は徐々に強くなる度、皆の緊張度も上昇していく。
電気を発生させてから2分ほど経過した。
敏明の話によれば、そろそろ溜まった電気に反応して大勾玉から光が宿る時間だ。
しかし機械は電気を発しているものの、大勾玉は一向に反応しない。
何か様子がおかしいと感じた秀明が老科学者に問い掛ける。
「博士……本当に起動しているんですか?」
「そのはずなんぢゃがな。機械は正常に動いておるし、勾玉の反応が遅いのかもしれんな」
「しかし、もう2分過ぎてますよ?」
「まぁまぁ、慌てずに様子を見ようではないか」
不安の色を隠せない秀明を敏明は宥めてから再度、装置に目をやる。
更に3分が経過しても大勾玉は、うんともすんとも言わない。
元昭達の雰囲気は『機械が正常に作動するかも』という期待から『何か猛烈に嫌な予感がする』という不安へと変わっていく。
そして案の定、その不安は的中する。
「ちょ、ちょっと? この機械、火花や煙が出てるけど大丈夫?」
「勾玉がぁ、光りません~」
若菜と白水は、いつでもその場から逃げれるようジリジリと後退する。
「些か危険か……?」
「ほ、本当に大丈夫なんですか? まさか誤作動なんていうことは……」
晴伸や秀明も僅かに表情を引き攣らせたまま警戒する。
その間にも電源装置の所々から火花が散り始め、振動する速度が異様に速くなっていく。
この様子に、さすがの敏明も危機感を覚えたのか慌てて全員に指示を出した。
「全員、この場から逃げるんぢゃっ! 失敗したわいなっ!」
『何だってっ!』
老科学者の指示の下、全員ただちに安全地帯を求めて我先へと避難しようと、その場から離れようとした次の瞬間、
ドガァァァァァーンッ!
と装置から一瞬「ピカーッ」と閃光が出ると物置小屋全体を一瞬にして包んだと同時に爆発した。
激しい轟音と衝撃、爆音が起こり、その場に居た元昭達は、爆音と同時に爆風を全身に受けて、それぞれ散り散りに吹き飛ばされた。
事態はそれだけで終わらない。
爆発のショックで木造建築であるため玉虫屋の天井に亀裂が走る。
やがて硝子が粉々に割れて欠片と化すように、天井が次々と細かい瓦礫となって床に降り注がれる。
店内は瞬く間に、建物を構築していた部分の成れの果て……すなわち残骸の山で満たされていた。
この大参事を受けた6人は、爆風を受けた衝撃で吹っ飛んでしまい、店内の至る所で気を失っていた。
どれだけ時間が経ったのかは分からないが、最初に目を覚ましたのは元昭だった。
「むぅ~ん……一体、何が何だか……んっ?」
起き上がった元昭が崩壊した玉虫屋の内部を見て唖然となる。
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、爆発する前の記憶と今の状態を考えれば実験が失敗した事を意味するのは明白だ。
成功するはずだった実験が、まさかの失敗。
「な、何で……何でこうなるでおじゃ~~っ!」
そして今に至るというわけだ。
☆
元昭の心底無念さがこもった叫びを合図に、次は秀明が目を覚ます。
「っつ……いたた……」
彼は爆発する寸前、咄嗟に両腕で防御したまま吹き飛ばされたのか、背面全体が壁に激突し、そのまま床に倒れて気を失っていた。
「黒沢、そなたも無事じゃったか」
「あぁ……店主……店主も無事でしたか……あ~いたた……私は何を……あっ、確か博士が逃げろって言った後に爆発して……それから……」
脳内で今までに起こった出来事を整理し、状況を把握していく。
そして次に眼前に広がる玉虫屋の店内だった光景を目にする。
その光景を一言で現せと言われたら、誰もが地獄絵図と答えるくらい酷い有り様だ。
「ほ、他の皆さんは……?」
「し、知らぬおじゃ……」
「知らないって……あぁ、あちこちで倒れています……店主、手伝って下さい」
秀明は、そう言って若菜と白水に近付き、揺さ振る。
それに伴い元昭も気を失っている晴伸と敏明に近付く。
「黄山さん、水岸さん……生きてますか……返事して下さい……」
「博士、導師……いつまで寝ておる……早よ起きぬか……」
お互い身体に受けたダメージを引き摺りながら、懸命に呼び掛ける2人。
すると次々に仲間が目を覚まして起き上がる。
「間一髪だったな……」
自分だけ結界術を張って無傷で済んだものの、閃光のショックで気絶していた晴伸。
「導師ぃ……狡いですぅ……」
その隣で逆さまの状態で壁に衝突した白水。
「オバサン……びっくりしちゃった……」
爆発したショックでうつ伏せになって倒れていた若菜。
「…………ぶわぁっ……はぁ、死ぬかと思ったわいな……」
瓦礫の中からゾンビみたいに這い出るも、ボロボロな姿となっている敏明。
奇跡的に全員、目立った外傷や出血等もなく、服がボロボロに破れた程度で済み、辛うじて無事だったようだ。
深呼吸して生きている事を改めて認識した元昭は、周囲を見回しながら呟く。
「これは一体、どういう事でおじゃ……?」
「確か爆発する前、博士が失敗したと言いましたが……どういう事ですか……」
秀明も崩壊した玉虫屋内部の様子に、唖然としたまま敏明に問い掛ける。
「おかしいの~……点検はしたんぢゃがな……」
「昨日、ちゃんと点検したんですか……!?」
「したわいなっ!」
「なら何故、爆発したんですかっ!」
「知らんわい……この構造なら理論上に言えば誤作動なんぞ、しないはずなんぢゃがなぁ……」
「現に爆発したんですよ……? 何かあったとしか思えません」
「儂は何もしとりゃせん! やったとしたら昨夜、もう1度だけ調整を……ん?」
秀明に言い返そうとした時、老科学者がある事に気付いてこう口走った。
「待てよ。調整と言えば、あの装置を弄った形跡があったわいな」
「何ですって?」
そう言って敏明は昨夜の状況を説明し始めた。
「あれは確か……皆が就寝して、1時間くらい後ぢゃったかの。今日の事で儂は中々、寝付けなかったんぢゃ。ぢゃから、気晴らしも兼ねて再度、あの装置の点検をしに、物置小屋に行ったんぢゃ。万が一という事もあるからの……」
「そこで何かあったんですね?」
「うむ……すると本体の中にあった配線の一部が、まったく違う場所に張り巡らされておったんぢゃ」
「博士がやったんじゃないんですか?」
秀明の尋問に敏明は首を振った。
なぜなら、あの装置には配線の色とそれを繋げる部分を自分でも認識できるように青色なら青い部品、赤色なら赤い部品と単純な構造をしているという。
それが昨夜の遅くに最終点検した時、青い線が赤い部品に、赤い線が青い部品につなげられていたという。
「誰かが弄ったと……一体、誰がやったんですか?」
秀明は仲間達の方に視線をやりながら問い掛ける。
「配線を弄ったと思われる時間を考慮すると、泥棒でなければ私達の誰かがやった可能性が高いです。怒りませんから、手を挙げて下さい」
すると、おずおずと挙手する者が居た。
「ごめんなさいぃ」
容疑者は、どうやら白水のようだ。
全員の視線が水色装束の女性に集中する。
「水岸さん。何故、機械の中身を弄ったのですか?」
宣言通り、怒らずに優しく問い掛ける秀明に白水は、バツ悪そうな顔をしながら答える。
「実はぁ、あの装置の事がぁ、気になってぇ……ちょっとだけぇ、動かそうとしたんですぅ」
「何故、動かしたのですか?」
「初めてぇ、博士の居る長屋に行った時ぃ、機械の動く姿を見てぇ、感動したんですぅ。そしてぇ、今度の機械がぁ、どうなるのか気になってぇ……動かそうとしたんですぅ」
「まぁ、水岸ちゃん。抜け駆けしようと思ったの?」
話を聞いていた若菜が、眉を八の字にさせて困った表情を出す。
「はいぃ。それでぇ、皆が部屋に入ってからすぐにぃ、物置小屋に行ってぇ、起動させようとしたんですぅ。けどぉ、動かなかったからぁ、機械の故障だと思ってぇ、中身を弄ってたらぁ、どれがどれだかぁ、分からなくなってしまってぇ……」
全ては機械の動きを見ようとしたが、上手くいかず勝手に配線を弄ってしまい、そのままにしてしまったという。
「もう、駄目じゃないの。皆で機械が動く所を見ないと。そんなことしたら『めっ』よ?」
「はいぃ。もう2度とぉ、しません~。皆さんにもぉ、御迷惑をお掛けしましたぁ。ごめんなさいぃ……」
「なんぢゃ。水岸ぢゃったのか。儂が気付いて良かったわいな。あれから、すぐに配線を元に戻したわいな」
『戻したっ!?』
その言葉を聞いた時、皆の自然が今度は白水から老科学者へと向けられる。
「んっ? 何ぢゃ?」
怪訝顔の敏明を見て、晴伸がまさかと思いながら聞く。
「藍沼……。水岸の弄った配線を直したのか?」
「そうぢゃ。滅茶苦茶になっていた配線を元に戻したわいな」
「間違いないのだな?」
「うむっ! 儂は天才科学者ぢゃからな~ひゃひゃっ! ふひゃ~ひゃひゃひゃっ!」
両手を腰にやり「恐れ入ったか」と言わんばかりに、偉そうに踏ん反り返りながら高笑いする敏明。
しかし包帯占い師は、そんな老科学者の姿を呆れた様子で見ながら一言。
「それだと最終的に装置に手を加えたのは藍沼……貴様ということになるぞ」
「ふひゃ~っひゃっひゃ……なんぢゃとっ!?」
狂ったみたいに笑っていた敏明の顔が一気に青ざめる。
「今までの話の流れからすると『水岸が勝手に機械を動かそうとして起動しなかった』から『それを藍沼が配線を元に戻した』という経緯になる。そうなると藍沼の配線に問題があったというわけだ」
晴伸の説明を聞き、老科学者の額から脂汗が滲み出しながら頭を振る。
「そ、そそ、そんな事あるわけないわいっ! 儂の設計図は完璧なんぢゃぞ!」
「なら、この状況を何と説明する?」
「そ、それはぢゃな……」
なんとか言い繕おうとするも、自分の不利を覆す材料が見つからない。
次第に元昭達から怒りの波動が部屋中に満ち溢れる。
羽虫や蚊だったら、そこを飛んでいるだけで気死するくらいの怒気や殺気が立ち込める。
そして全員が屈伸したり、拳をパキポキ鳴らしたりなど攻撃態勢に入る。
「ちょ、ちょっと皆……お、落ち着くわいな……」
「落ち着けるわけないでおじゃっ! 皆、掛かれっ!」
元昭の叫びと同時に、敏明に目掛けて若菜、晴伸、白水の3人が攻撃を仕掛ける。
「ぎゃあ~~~~っ!」
断末魔にも似た叫び声をあげる敏明の隣に、元昭は秀明による拳と蹴りによる容赦ない攻撃を浴びていた。
「おじゃっ! く、黒沢……何故、麻呂に攻撃を……」
「うるさいっ! 殿、言いましたよね? 誤作動しないように釘を刺しておくとっ! まったく刺してないじゃないですかっ! 本当の意味で、あんたの額に釘を刺してやりたいですよっ!」
「そのような事をすれば、いくら麻呂でも死んでしまうおじゃっ!」
「あんたみたいな馬鹿店主は一遍、死になさいっ!」
「店主に向かってなんたる言い草……いたたたたっ、助けてたも~っ!」
この容赦ない折檻が2分ほど続いた。
老科学者と白粉店主が仮借ない暴力で絶命する寸前、爆発した騒ぎを聞きつけてやってきた奉行所の役人達によって何とか命を取り留める。
しかし改装中だった玉虫屋の大半は瓦礫と化しており、摺河を乗っ取るどころか店の運営が出来ない状態にまで発展してしまった。
元昭達は拘留された留置場内で釈放されるまでの間、しばらく途方に暮れたという。