十弐章 決行前夜
敏明が仲間になった事で玉虫屋の一部を改造する事になった。
というのも彼が開発した機械というものは自動的に作動しているものの、そうするには幾つか条件がある。
それは機械を動かす為に必要な力である『電気』というエネルギー、その電気を溜め込む『電源』という装置を設置して各機械に接続して初めて起動するという。
それにあたり玉虫屋に機械を導入する場合、どこに設置すべきか考える必要があると敏明は説明した。
それにより使用する電気の量や、それを溜め込む電源装置の大きさが決まるというのだ。
秀明と若菜が相談しあった結果、現段階では浴場と調理場、そして店内を照らす照明に機械を利用する事にした。
次に、その機械を設置するのに必要な電力を生み出す電源装置の大きさだが、これは全く問題ない。
敏明の計算によれば、比較的そんなに大きくないサイズでも装置は作れるという。
その結果、今は使用していない物置部屋に電源装置を設置する事が決まり、老科学者による機械設置の工事が始まった。
彼は自分が研究所として住んでいた長屋に戻り、機械を構築する『部品』とやらを持ち出す、あるいは新たに作って玉虫屋に持っていき装置に組み込む。
元昭達は今まで見た事もない鉄製の塊や、電気によって動く機械を見て驚いたり関心していた。
電源装置を作るのは丸1日を要したが、これで機械を動かす源は完成した。
「ふぅ、出来たわいな」
「これで機械が動くのでおじゃ?」
出来上がった装置を見ながら元昭は聞くが、敏明は首を振って答える。
「いんにゃ。これでは動かぬ。あくまでも、これは電気を生み出す源を作っただけぢゃ」
「にゃぬっ? これでは起動せぬと?」
「そうぢゃ。例えるなら……水を溜める貯水池だけ作って、それを田んぼに流し込む水路を作っとらん状態ぢゃ。これでは幾ら貯水池を解放しても水路がなければ水はあらぬ方向に漏れてしまうわいな。ましてや、これが電気となれば大きな問題が発生するわいな」
「大きな問題?」
「そうぢゃ。電気というものは水と一緒で路を作ってやらんと、あらぬ方向……もしくは全体的に広がってしまうんぢゃ。水の場合、大洪水でもなければ命に問題はないわい」
その言葉を聞いた秀明は一瞬、眉を顰めて敏明に聞く。
「水だということは電気だと……命に係わるのですか?」
「儂の研究で分かったんぢゃが、電気は水を通す性質があるんぢゃ」
「その性質と、どう関係があるのですか?」
「知らんのか? 人間の身体の大半は水分で出来てるんぢゃ。ぢゃから電気は人間の身体を通過するんぢゃよ。それに電気の流れ……儂は『電流』と呼んでおるが、その電流は一定の量になると物凄い威力を発するんぢゃ。電気は熱を持っておるから、仮に高い圧力で放電すると人間はひとたまりも無いわいな。身体の痺れを通り越して、体内は勿論のこと身体全体が焼け爛れるわいな」
少し専門的な用語も含めて話しているため、秀明には何の事だか分からなかったが要約すれば『電気を流す路を作ってやらんと危ない』と言いたいのだろう。
秀明と敏明の会話を聞いた元昭は顔を真っ青にして狼狽える。
「そ、それでは危ないではないか! もし電気とやらが店内に放出されれば麻呂達はおろか客人までもが死んでしまうぞよっ! それでは営業どころか鹿倉家に復讐する事が出来ないでおじゃっ!」
「ぢゃから、今からその電流を流す道具を設置するんぢゃ」
「道具って、さっき電気が流れたら危険だと言うたではないか」
「話は最後まで聞くもんぢゃ。これを見よ」
敏明は呆れた顔をしながら、懐から1本の黒い線を出した。
見たこともない線に元昭は首を傾げる。
「な、なんでおじゃ? これは?」
「儂が考案した電気を流す線『電線』ぢゃ。確かに電気が店内に流れたら、大事ぢゃて。ぢゃが、この線には電流を外に出さないための特殊な繊維で覆われておる」
触ってみよ、と促され秀明と元昭は電線に恐る恐る触れると、弾力性の強い感触が指に伝わる。
「この弾力性のものが電流を外に出さない、と?」
ふにふに、と電線を覆っている繊維質を触りながら秀明が聞くと敏明はうんうんと頷く。
「そうぢゃ。電気は水を通過する性質を持っておるが、逆に通過しないものもあるんぢゃよ。これが、今お主等が触れておる特殊な繊維質ぢゃ。それで今から、この電線を電源に繋げて各機械に接続するわいな」
「なるほど……」
「やはり博士は凄いでおじゃるな」
「儂は天才なんぢゃぞ? これくらいは朝飯前だわいな。ふひゃひゃひゃっ!」
長年、機械の研究をしている老科学者に店主と黒衣従業員は、ただ関心するばかりだ。
安全面を確認した上で、いざ接続しようとした時に新たな問題が発生した。
電源装置と機械の間に電線を繋げれば安全に電気を流す事が出来る事は分かった。
説明を受けていた若菜が「電線とやらが店内でいっぱいになると、お客様から見て『ゴチャゴチャした店内』だと印象がつき、逆に客足が遠くなるかも」という意見が出たのだ。
確かに身体の疲れを癒す目的で作られた玉虫屋に、無機質な黒い電線が店内に出ているとなると店内の雰囲気的に些か問題がある。
何とか電線を使わずに電気を供給する事が出来ないか、という事が新たな問題として浮上した。
これに関しては時間が掛かると誰もが思ったが、思わぬ突破口があった。
術者である晴伸が「電気が力を生み出すのであれば、その電力を別の力に変換することが出来るのではないか」と考え、敏明と共同製作を講じたのだ。
試行錯誤して次の日の夜、ようやく電気を別の力に変える方法を見つけ出した。
晴伸が占いの時に使う道具の中には勾玉があり、それには魔力が込められているという。
それでどうするかと言うと、まず電源装置に大きな勾玉をつけ、次に各機械に小さな勾玉を取り付ける。
次に装置を起動する事で発せられる電気を大勾玉が吸収して魔力へと作り変え、その力を各機械に取り付けている小勾玉に転送する。
すると小勾玉は溜め込んだ魔力を電気へと還元し、機械を動かす――後に敏明が『端末』と命名――というのだ。
これなら電気が漏れて人体に損害を与える心配も無く、且つ電線配置によって店内の雰囲気を損なう事もなくなるという一石二鳥だ。
あとは実際に電源装置を起動して浴槽や調理場、店内に取り付けた照明器具が上手く起動するか、という試運転を残すのみ。
これが成功すれば玉虫屋も改装終了とみなして店を開けることが、強いては摺河乗っ取りに必要な資金を得る事が出来るだろう。
「いよいよ明日でおじゃるな」
「そうですね、店主」
完成した電源装置の前に立って元昭と秀明は言葉を交わす。
「これで明日の試運転が成功したら、まずは一歩前進と言うべきかの」
「そうですね。何が何でも成功させなければ……」
「ほほほ、我が部下達は優秀じゃからの。きっと成功するおじゃ。その暁には資金確保でおじゃ。稼いで稼いで、稼ぎまくって武器を購入して摺河を乗っ取るでおじゃ。そして近隣をまとめあげ、最終的には日野本を我が手にっ!」
日野本という目にみえないものを掴むように右手をぐっと握りしめる元昭。
そんな彼の横に居る秀明も、心成しかどこか楽しむような表情で店主を見る。
「さぁ、店主。明日は早いですから寝ましょう」
「うむ。明日が楽しみでおじゃるの♪ 摺河を手にしたら店主じゃなくて殿と呼ぶが良い」
「ふふふっ……そうなるには、まだまだ先の話ですよ。未来の殿様」
「すぐになってやるおじゃ♪」
2人は談笑しながら物置小屋だった電源装置制御室から出て、それぞれ寝室へとつく。
明日で全てが決まる……そう思うだけで元昭や秀明は勿論のこと、玉虫屋に集まった数少ない仲間達は期待に胸を膨らませながら就寝についた。