9.どうしてそんな優しい言葉をくれるの
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通された先は、とても美しいところだった。
白い砂利の上を跨ぐ朱塗りの渡り橋。藤の花をほんのりと照らすのは明るすぎる屋敷の明かり。床は綺麗に磨き上げられて光を反射する。
通された部屋で俺と黒鴉は引き離されて不安になる。「お、俺もそっち!」と手を伸ばしたがスルーされた。
俺、神様(設定らしい)なのに………。
巫女さん方は俺の跳ねた髪を丁寧に梳き、黄櫨染という色を袍、つまり平安貴族の服でいう上着かな―――上位の色を使わねばならないらしく、少し渋い選択で衣を重ねてく。
「ご案内申し上げます」
しゃん、と鈴の音がする。
あの出迎えてくれた美少女(この屋敷で一番偉い巫女さん)も着替え終わり、髪飾りに花と鈴が付いている。深々と俺に頭を下げて言うものだから、とても慌てた。
「あ、な、なあ、あの…名前は?」
美少女の手を取ると、そっと顔を上げ―――やはり瑠璃の瞳が美しい。でも黒鴉の金が好きだと内心苦笑した。美少女はふわりと微笑む。
「嘉夜と申します。現御神様」
「かよ……へー良い名前だなあ」
「ありがとうございます」
女の子と(黒鴉を除いてな)話すのも久しくて、よくある文句を出してしまったが嘉夜はとても嬉しそうに微笑む。あふれ出る良い子オーラ。
「あの、現御神さま、奥様はもうお待ちです」
「奥様!?」
「あ、ち、ちがうのですか…?あの……ご、ごめんなさい、あの……(´;ω; `)」
「あ、いや、あっあ――!うん!妻です!」
「そ、そうですか?よかった……(´,,・ω・,,`)」
嘉夜の泣き出しそうな顔に罪悪感が半端ない俺。
なんか察してしまったが、この少女は天然というか世間知らずな雰囲気があるな……。
まあ黒鴉を待たすのも悪い。俺はそっと廊下に足を下した。
「―――奥様は、一人で御着替えになられたので、巫女たちが残念がっていました……」
「えっ、あ、すいません」
「いえ、現御神さまが謝罪など…!あ、あの、その、私たちが、何か、粗相をしたのかと……えと……心配で……ごめんなさい…(´;ω; `)」
あああああ何なんだよこの子ぉぉぉぉぉ!!
やめろ、それ以上俺を罪悪感で殺してくれるな。別に君が悪い訳じゃないの分かってるから!不安だったんだよね!分かってるから泣かないで!お願い!
「えと、現御神さまが少しでも楽しまれるよう、ご飯も楽の音も良いものを取り揃えました」
「あ、すんません……嘉夜さんは?」
「え?お酒を注ぐ係です!(`・ω・´)」
「お、おぅ……」
―――ご飯、どんなのが出てくるんだろう。
こう、葉っぱの上に魚とか?うーん……芥川さんの「芋粥」みたいな、餅だの鮒だの大柑子が出されたら泣く。いっそ粥出してくれ。
つーか酒?もしかして酒を注がなきゃいけない相手って……。
「お、俺…未成年です」
「…?みせいねんってなんですか(´・ω・`)?」
「えっ、あ、あー…元服前…みたいな…」
「…?現御神さまは神であらせられますから、元服も何も―――」
関係ない。
あ、そうですか……ま、まあ!これも一つの異世界交流と思えば!うん、その世界に合わせて生きるべきだよね!
……まあ正直言うと「酒飲んでみたい」なんだろうがな。うん……あ、着いた?
「現御神さま。こちらです……」
すすす、と御簾を挙げて。
恐る恐る入ると、上座ですでにご飯食べてる黒鴉がいた。
「く…黒鴉―――!」
「ふま!もむもももっ!(訳:へあ!美味しいよっ!)」
「おまっ、俺が一人で不安だったってのに!」
急いで抱きつくと、黒鴉から甘い香の匂い。……服からかな?
一人でやった割には綺麗なもんで、肩から重なる衣がずれてるけどそれがこいつらしいというか。葡萄染の唐衣(一番上に着る上着)はキツイ印象を与えるはずなのにこいつにすんなり合っていた。
というか、白米を頬にくっつけてもぐもぐしてる女にキツイも何も無いな。
「…ふむ、似合ってるじゃあないかね」
「お前もな」
「美しかろう!」
「うん」
「…」
「……んだよ?」
「……い、いや、ストレートに言うから…ここは馬子にも衣装と蔑み殴られるパターンだろう?」
「変化球ですぅー」
「……たらしめっ」
「ちょ、俺の米!!」
だって、楽しいから、なんか。素直に言えるんだもん。
それに離れてて寂しかった。……せっかく開いてるスペースを無視してくっついて騒ぐ俺たちに、鈴の音を引き連れてやって来た嘉夜は、
「お酒を注ぎに参りました!(`・ω・´)」
「お、おぅ……」
「現御神さま。今宵はヨシノに御出で下さり有難うございます。人の世は穢れておりますゆえ、どうぞ屠蘇をお飲みになってくださいませ」
「う、うーん…?」
銚子から二つの盃に酒が注がれ、俺と黒鴉は受け取るが飲まない。どうやらこの黒鴉でも苦手なものはあるらしい。
しょうがないので俺が口に突っ込むと、すごく嬉しそうな嘉夜は俺に二杯目を注いだ。いや、注ぐな。
「現御神さまのっイイトコ見ってみったい!いっき、いっき!」
「おい無茶言わないで死ぬ」
「………(´・ω・`)」
「いっき!いっき!」
「う…うー!」
「きゃーっ」
日本酒と、薬草……たぶん。
酒がきつくて何突っ込んでるのか分からん。俺は「良い飲みっぷりで!」と嬉しそうな嘉夜が注ぐのを止めて箸を手に取った。
「今宵は良い鴨が獲れましたので」
そ、と手で示されたのは現代人の俺でも美味しそうに思える鴨の焼いた奴だ。なんだろう、シンプルだか美味そうというか。
菓子もございます、と唐菓子のようなものや饅頭を出して、嘉夜は今日のメニューをあれこれと勧める。
俺は困っていたが、黒鴉は嘉夜に甘えまくりで最終的に抱きついて無礼講中である。「あ、や、やめ…」とか聞こえたが俺は見てない。浮気ととっていいのか分からんので塩の振られた焼き魚に箸をぶっ刺した。
(久しぶりに味の濃いの、食べたかも)
庭からは楽団が演奏してくれているが寒くないんだろうか。あと他の巫女さん方が超不機嫌な俺を見てひそひそ話してるんだけど。覚えてろよ黒鴉。
「嘉夜スキ――!」
「私も好きです」
「百合百合しちゃう?」
「……(´・ω・`)?」
「飯を食え!!」
黒鴉の衣を引っ張ってこっちに寄せる。
すると服が大いに乱れた。俺は見ないふりをした。
「むぅ、なんだね、僕は今別嬪さんと……」
「このオヤジめ。お前は黙って俺の相手してればいいんだっ」
「拗ねたかな?」
「ふーんだ!」
嘉夜は乱れた服を「くすんっ」と恥ずかしそうなちょっと泣きそうな顔で直す。
俺はこの人のご両親になんて詫びをすればいいんだ。
「君だって、やろうと思えばそこの巫女だって手を出しても許されるぞ」
そう言って指差したのはひそひそしてた巫女さんである。びくっとしてこちらを見る。
「もちろん、嘉夜でも。己の使える主に身を捧ぐのが仕事だからね」
「……はい、現御神さまが望まれるなら、嘉夜は…嘉夜は……」
「い、いやいやいや!!俺はしないぞ!?お、俺は黒鴉だけだしな!黒鴉みたいに浮気しないし!お、女の子なんだから体は大事に!」
「僕がいつ浮気をした?」
「さっき!嘉夜さんで!!」
「失礼な。僕は彼女にして欲しかったことを今思う存分堪能していただけだ。そこのどこに浮ついたことがある」
「俺だって言われりゃやってやったのに!」
「君と彼女では違う」
「なっ!」
「君にたわわで柔らかい絹の触り心地な胸が付いているか!?」
「突っ込んだのか!?服に手を突っ込んだのか!!おまっ、余所様の子に!!」
「まさか。服の上からまず堪能しようと……」
「やめなさい馬鹿!ほら、俺の胸ぺったんこだけど触っていいから!」
「えー、だったら自分の胸を触っている方がマシだ」
「酷いっ」
「それに君の胸は揉むんじゃなくて抱きつくためのものだ」
「よっしゃ、来い!」
「そいやーっ」
視界の隅で、涙目の嘉夜が年配の巫女さんに頭を撫でられ慰められていた。本当にごめん。
―――熱いから、と。俺は冷えた庭に足を下した。
巫女さんは付いて来ようとしたが断っておいた。黒鴉は普通のお酒に酔って暴れている。一番の被害者は嘉夜で、さっきまで舞を踊り今は賭け事に負けたら服を一枚脱ぐとかそういう遊びに夢中だ。
(……そういや、やたらと嘉夜を気に入ってたな)
黒鴉は確かに甘えん坊であるが、面会に来た母にも弟にも、良い子ちゃんぶっているだけで興味はまったく示さなかった。
それが嘉夜に会ってにゃんにゃんと甘えまくり。すりすりしてる姿はお母さんにかまってもらいたい子供みたいだ。
「千代々々」
「―――お、文鳥か」
しかし、夜も冷えるのに外に籠を吊るすとか。夏目先生の所だって家内さんが面倒見てたぞ。
俺は夜の中でも淡い白さを誇る文鳥を見つめ、皿ごと持ってきた饅頭を食べた。
(たのしいなあ)
異世界に来て、まったくの寂しさも感じない。黒鴉が可愛い。病気のせいでと諦めるものもないのが嬉しい。―――最高だ。
「黒鴉に、あとでお礼言っとこ……」
きっと、照れて、八重歯を見せて笑うんだろうなあ。
―――がさがさがさ。
草を掻き分けるような音。
不意打ちのそれに、俺は背筋が寒くなる。あのゴミ袋のような死神だったらどうしよう。そっと一歩後退り、
「あ………」
金の、瞳。
物陰から、じっと。淀んでいて、生ゴミみたいな匂いがする。
対して文鳥は、花のような香りがした。可愛らしい鳴き声に対になるように、よく分からない黒い塊は掠れた声を出した。
「めぐんで、ください」
酔っているせいかもしれない。なんだかそう、頭に響いた気がする。
でもそう驚きはしなかった。だってここは異世界だ。俺の常識は此処での常識ではない。
確か黒鴉が「貧困層もある」と言っていたから、この宴のどさくさに紛れ込んだのかもしれない。なにより、
(いいなあ。黒鴉と同じ目だ)
この子の目は淀んでいるけど、いつか雷光閃く時が来るのだろう。―――俺は近づくと、そっと饅頭を差し出した。
「おいて、ください」
「置いたら、汚れるだろ」
なんとも変な会話な気がする。俺はくすりと笑った。
「なあ、お前も宴に来ないか。嫌なら別室でもいい」
「だめです」
「なんで?」
「わたしは、のろわれているので。けがれをうたげにはこんでしまいます」
「それでもいいじゃないか。知っているか、呪いは同時に祝いも運ぶんだぞ」
「しりません…?」
「俺の祖母ちゃんが昔教えてくれた。人間っていうのは悪いのも良いのも折半して生きてるもんだよ」
「………」
手を伸ばす。
感覚は、ふわふわの中にじゃりっとして、所々硬かった。でも急に撫でられても金の目の何かは怒らない。不思議そうに見つめるだけだ。
「つまりさ、お前だって幸を運んでいるんだよ。そんな、隅っこで生きなくていいんだ」
そう言い聞かせると、金の瞳は黙り込み、やがて俺の手から饅頭を食べた。
だんだん涙目になって、ぐずぐずと泣きながら。
―――そんな俺たちを、黒鴉はジッと見つめている。
何を想うのか、満月に悟られぬように、そっと扇で隠して。重たい足取りで宴に戻った……。
*
ちなみに嘉夜ちゃんには秘密の恋人がいるよ☆