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7.雪の中からもっふもふ



俺は雪遊びをしたことはない。


窓から手を出して触れるか、車から降りて家に入る僅かの冷気に震える程度しか、俺は「冬」を味わえない。


窓の向こう、深々と積もる雪。―――それを見れるだけでも、幸せなんだろうが。


俺はこっそりと作った雪兎の残骸を前に、咳が止まらずにいる。

馬鹿なことをした。本当に。いくつだお前は。



「―――大魔女ベリーパティエールに感謝したまえ」


ふふん、と得意げに。


珍しく扉から。鼻先の赤い黒鴉クロエが水になってしまったそれを凍える指先で突く。

途端に不器用な雪兎に戻って、俺は―――少しの間の後、笑った。咳交じりになったけれど。


黒鴉も笑ってたが、くしゅんとくしゃみをするのに慌てて風呂に入れた。

幼い頃から個室だった俺は、いや、父さんは金持ちなのかもしれない。親父が頑張って働いているのだろうに、呑気に黒鴉と一緒に風呂に入ってたりして申し訳なかったな…。


俺は黒鴉が帰ってしまうまで、少しも解けなかった雪兎を撫でた。



―――俺は結局、誰かに与えられないと生きていけない。











雪って、こんなに綺麗なのか。


天から下る天使の羽は柔らかく、しかし純白のカーペットに倒れこんで腕を突っ込むと鋭い冷たさに血が出そうになる。積もると、硬くなるのか。


風は優しさもない非情な性格だ。俺が痛くなってきた耳を庇おうとすると、



「衣装チェンジだ」



ポン。


黒揚羽蝶が纏わりついたかと思うと、俺のパジャマはもこもこのフード。白いそれは兎耳が付いている……何で分かるかって?黒鴉の色違いだからだよ……!


ファーの耳当てにマフラー、手袋は縫い目のしっかりした物。フードに兎耳と尻尾が付いてなかったら素直に有難く思うんだけどな……。



「どこへ行こうか?」

「そりゃ……洞窟!」

「ふふん、後で泣きべそかいても知らないぞ?」


脅かすような黒鴉に「上等だ!」と声を上げ、二人仲良く洞窟へと走る。転ぶ。また立ち上がって……


(楽しい)


つららは長く鋭く、恐ろしいものに見える。

触れるのも躊躇っていたら黒鴉がふわりと飛んで(黒鳥の羽が散った)、ぼきりと二本折る。


「どやっ」


差し出したそれに、恐る恐る触れてみる。持ってみる。…ちょっと張り付くな。あと重い。


「あ、虫が氷漬けに」

「僕のは葉っぱかな」

「すげーなー…化石みたい」


思わず目を輝かせていると。


ふと暗くなって(いや、もともと暗かったけど)、俺と黒鴉は同時に見上げた。ら。


「ぐおおおおおおおおおおおおおお…」


白い塊。でかくて、牙が、怖い。


悪いがそれ以上の描写は出来ない。色々引っかかるからな。


「さてさてりんくん」

「何だね黒鴉くん」

「左に、」

「逃げるぞ!」


パッと手を掴み、つららを置いて左の分かれ道へと走る。


「ぐおっぐおっぐおおおおおおおおおっ」


どしんどしんと揺れる背後が怖くて振り向けない。

でも僅かに楽しめるのは、俺に手を掴まれながらきゃいきゃいとはしゃいでいる黒鴉を信じているからかもしれない。


「お次はどちらに?」

「真っ直ぐ!」

「お望みのままに」


やっと振り返れたら、黒鴉は口を大きく開けた怪物の顎を綺麗に蹴り飛ばしていた。「ぐおんっ」と泣いちゃう怪物……。


「おま……すご…」

「君とて出来るぞ霖くん。ただしタイミングを間違えるとぱっくんだがね」


マジかよ絶対やんねえ。


俺は痛みに泣く怪物に背を向けて、黒鴉の手を取ってさらに奥へと進む。


何だか暗いなと思ってたら塞がれていて、俺は苛立ち半分期待半分で蹴飛ばしてみる。


そした、ら。


「きゅんっ」


壁が動く。ぴょんと出てきたのは―――毛先だ。黒鴉は「もっふもふ!もっふもふ!」とわしゃわしゃし始め、俺は青ざめた。死んだ。


「きゅ……きゅんっきゅんっ」

「あばばばばばばばばばば」

「きゅんっきゅんっ!」

「おっと」


多分怒ったんだろう怪物は、まず鼻先を突っ込んで引っ込めて今度はパンチだ。見えないなりに殴りかかってくる。


黒鴉は慣れた風に避けるが―――俺は情けないことに腰が抜けた状態で退却中だ。うん、あと少ししたら多分慣れるはず。……うん。


ずり、ずり、と後退していると、何かぬめっとしたのに触れた。


「霖!」


黒鴉の焦った声。手をこれでもかと伸ばす。え、何?そんなにヤバいのがいるの?



(シニタイキエタイカエリタイドコドコサガセイソゲコロセシネシネシネ)


『…………またですか?』


『さっさと死ぬか退院するかどっちか選べよな根暗!テメーのせいで家が滅茶苦茶なんだよ!!』


(―――シアワセニナルナンテ、ユルサナイ)



黒い、ずたぼろの、ゴミ袋。


俺の、腕に。ずるりと。へばり、縛り、



「"引きずられるな"!君には幸せになる権利がある!亡者の誘いを聞くな!」

「…っ、て、も…抜けな……!」

「このっ」



黒鴉の周りがぞわりと波立つ。

多分、これが黒鴉の本来の在り方なんだろう―――優しさも面白味もない、純粋に殺すための魔法。黒鴉の影は羽ばたき、羽が舞う。それは鋭利な杭となり広がる死神を打ち抜くと、金の炎で燃える。少しずつ戒めが解けて、頭の声も薄くなる。


「黒鴉…!」


ぶちぶちと引き抜いて、手を伸ばす。


その最後。



(ホントウニ、イイノ?)


知らないよ。後悔するよ。―――そんな含みのある言葉に、正直に言えば意識をとられたというか。


俺が振り向きずたずたの黒いそれを見れば、触手はゆらゆらと揺れて「いいの?」と時間をくれる。


(ソノコ、××ナンダヨ。ワカッテルノ?)


(ベツニ、キミジャナクテモイインダヨ)


(ダマサレテルヨ)


(ラクニナロウ)


(コンナムナシイコト)


(アキラメテ)



「死ねええええええええええええええ!!!!」



ぐぴゅぐちゃぐちぎぎぎぎぎ。


槍が突き刺す。杭が引き千切り切り刻む。


だがそれでも死なない。まるで俺の心を糧にするように、端を滲ませながら揺れる―――



「きゅん!」



ぺちん。


……いや、そんな可愛い音の訳がないだろ?ははっ―――ぺちん…って…。


一気に張りつめたのが抜ける。もふもふの手は死神をずるずると引きずり出すと、そのままどすん、どすんと去って行った。……死神も連れて行ったのか?



「く、ろ」


え。


呼びきる前に、黒鴉はぎゅうぅぅぅと俺を強く抱きしめる。

「霖、霖…」と何度も呼び、安否を確認する―――ああ、どうしよう。



俺、今とても、…あの死神にまたも捕まりたいと。……そう、願って止まないのだ。






お姫様役も悪くない。


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