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5.君を追いかける



黒鴉クロエはするりと闇に消えるが、どこかで「カツン」とヒールを鳴らす。角や扉の陰からわくわくと俺を見てたりして、お前は猫かと言いたい。


(―――すごい、こんなに走ってるのに、全然)


苦しくない。

万能感が体を巡る。黒鴉を待つばかりの俺が追いかけることが出来る、幸せ。


腕を掴んだらどうしよう?そのまま抱きしめてみる?冷えた廊下に押し倒すのは可哀相だから、俺が下になって転がるのもいいかもしれない。


背後からは子供受けの良いぬいぐるみが追いかけてきて、猿の鳴らすシンバルが耳に痛く、恐怖を囃し立てるようであるというのに、俺は異様な昂揚感に飲まれていた。

待合室のベンチソファの下から手足のない人間が口を半開きで、垂れたよだれの湖に顔を浸して俺を見上げてても、衛生管理のなってない看護婦が角から突然現れても、俺はまったく怖くなかった。

だけどとても邪魔で、俺はいつの間にか借りたらしい錆びたハサミを手に、奥の黒鴉を目指す。

遠すぎて、その顔は見えない。


「おっと」


急に足に絡まる人っぽいもののせいで、俺は黒鴉の姿を見失ってしまった。


蹴り飛ばし、俺は急いで奥に進む。でもいない。黒鴉、黒鴉。


十字の分かれ道に、俺はとりあえず"物"の少ない道を走った。どこだろう。黒鴉のことだから、きっと、俺にもっと怖がって欲しくて意地悪したのかな。



―――だけど、不意に足が何かに、粘り気のあるものにとられたように重くなる。少し明るくすら感じる。微かな気配と、しかし触れられない何か。


万能感は薄れてきて、俺はどうしようかと悩むも先へ進んだ。気まぐれに病室を開けるが、吐息と何か以外何も感じられない。こういうと変だが、「戻ろう」と考える反面、俺は本能に引きずられてさらに進んだ。


「うっ……!」


途中で苦しくなる。帰りたい。でも、向こうに行くべき。だけど、そっちに行ったら黒鴉に永遠に会えない気がする―――



『先生、私の息子は!?だ、大丈夫ですよね、大丈夫なんですよね!?』

『お母さん、気をしっかり……こちらも全力を尽くしますが、霖くんは幼いので…』

『お願いです助けて!助けてぇぇぇぇ!!』

『おまえ、落ち着きなさい―――先生、先生…信じてます。お願いです、息子を助けてください。霖には明るい未来が待ってるんです、幸せにさせたいんです、お願いします…』



少し開いていた扉から、漏れる声。


これは俺の過去だ。元々体が弱かった俺が、初めて入院することになって……両親は付きっきりで、幼いうちから引き離される俺に、何でも与えて寂しさを感じないようにしてくれた。その間、弟は祖父母の家で……。



『アニキばっかりずるい!なんだよ、おれだってあのオモチャほしかった!おれの家だけだよ、休みの日にどこにもでかけないの!病院にずっといるの!』

『わがままを言わないで。今、お兄ちゃんはとても苦しい思いをしてるのよ。一人ぼっちで向こうに居るの』

『おれだって!ほとんどひとりだよ!もうやだ、じーちゃんとばーちゃんのとこなんか行きたくない!』

『お願いだから聞いてちょうだいよ、"あの子は可哀相な子なのよ"?"優しくしてあげなさい"』

『―――~~っ、そんなのヘンだよ!』



反対の扉から漏れるのは、同時期の会話だ。

去っていく母が恋しくて、無断で病室から飛び出し、よろよろと追いかけていたら。困り顔の祖母と泣いてくしゃくしゃの弟、疲れた母―――



『―――先生!!どういうことなんですか、治ったんじゃないんですか!!』

『おまえ、落ち着きなさい。先生は再発もあり得ると退院の時に言ってただろう』

『でも!や、やっとクラスの子と友達が出来たのに…!どうしてウチの子ばっかり!霖が何をしたというのよぉ…!』

『お母さん、気持ちは分かります…ですが、これは難しいものでして、誰が悪いとかじゃないんですよ』



最初に漏れていた扉からの声。小学校何年のころだろう。

何せ、その頃の俺の体といったらコロコロと変わって……。



『私のせいだわ。全部、私が悪く産んだから。駄目な母親から生まれてくるだなんて、"可哀相"だわ』

『いい加減にしろ、何てことを言うんだ!こればかりはしょうがないだろう』

『だって………本当じゃない』



反対の扉の声に、俺は裏を勘ぐってしまう年経た自分が嫌だった。

母はとても献身的な人で、あんなに俺に尽くしてくれたじゃないか。



『ああ霖。よかった、よかった…!もう大丈夫よ、これで全部終わったの!』

『よく頑張ったな。偉いぞ』

『落ち着いたら約束通り遊園地に行きましょうねえ!あと、どこか行きたい所はある?』

『父さんがどこだって連れてってやるぞ。なあ?』



俺の思いを後押しするように、最初の扉から漏れる声はどこまでも優しい。

あの時の両親の顔も、俺の感情も褪せることなく覚えている。俺は扉に手を伸ばした。



『…どうやら再発したようですね。それで、お母さ―――』



あ。


待って、やめてくれ、聞きたくない。


様子が変だからと検診してもらった時だ。母さんの携帯がひっきりなしに震えてて、大事な用なのかもしれないと――――いや、真実が知りたかった。振り向けば、微かに扉を開けて"聞いてしまう"当時の俺がいる。

閉じようと、手を伸ばせば。



『 ま た で す か ? 』



「―――ッ」


間に合わなかった。

幼い俺は淀んで黒いもやになる。気色悪くなる。俺は、追い立てられるように逆走した。気付くと、あの十字路にいる。


よく分からなくなっている俺と、急に賑やかさに拍車がかかった十字路は。






ぎちぎちぎ ち           「あと少し、したら   ?    っ


  ゃ    あー           がたんがたんっ がた、

ぴり

りり       り り り

がっ   


い    じゃばあああああああああ     「ねえ、知ってます?」


「アタリ |   次回も          かたんかたん か


ん              「来ないで」           こつんこつん


「         」       じゃぎじゃぎじゃぎじゃぎ


          るぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…



  「 く ろ え 、 ど こ に い る ん だ 」





救いを求めるように呟くと、十字路の音は止む。まるでスイッチを切ったように。


そしてふわりと背後から抱きしめてくれた黒鴉は、少し苦しげな息を吐いた。…どうしたんだろう。


「すまない、つまらないミスを……"行けたのだろう"?」

「……なあ、黒鴉、此処はどこなんだ?」

「異世界になりきれぬ何か。近づけるが触れられぬ場所。君はさっき、本能的に元の世界に戻ろうとしたが、二つの境目が君を引っ張りあって…」

「……そっか―――黒鴉、」


そっと黒鴉の腕を外す。

向き合うと、黒鴉はとてもしょんぼりとしていた。「楽しませるつもりだったのに…」と呟くそれに、憐れみなど含まれていない。恋人が、楽しい旅行の計画をして失敗してしまったときのそれしかない。


「僕はやはり人間の感覚が分からぬゆえ、もしかすればこの世界は君にとって―――未だ【門】が開かず、その暇つぶしだったのだけど」

「…ああ、そうだな。つまんない。飽きた」


犬のようにしょげるあいつの両頬に触れて、俺は黒鴉にキスをした。

壁に押し付けて、やっと気も済んだから顔を放すと、



「追いかけっこはお終いだ。ほら、―――捕まえた」



その証に優しく抱きしめて。


さあ、次は何をして遊ぼうか?







とっても楽しいね!




補足(面倒くさい霖くんの過去と家族について):


りんくん⇒良い子ちゃんだけど繊細過ぎて豆腐メンタルのくそ面倒臭い子供。長い病院生活と不十分な家族との時間・絆のせいで変に裏を勘ぐっちゃって、「本当に?」とか「怒ってるでしょ?本当に怒ってない?」とか小さい頃は不安で聞いちゃってて、お母さん潰しちゃった感じ。お父さんは医療費の為バリバリ働いていたので潰されなかった感じ。


お母さんは「可哀相」を連呼しやすい人。「自分が悪い」と言って本当は「悪くない」と言って欲しがる人でもある。多分母としてまだ幼い人なだけで、ちゃんと可愛がってるんですが……。


弟くんは何度も不遇な目に遭ってますが、なんだかんだ言いつつ会いに来たりするし「死ね」と言ったことは無いんです。それは登場シーンからずっとですね。でも割とギリギリ。

幼いながらの弟君の「そんなのヘン」は二つの意味があります。弟君は荒れてるけど、察するのが得意でいて賢い子供だったんですね。


つまり霖くんはメンタルのアレ具合が母似、弟くんの自立心とある種のお人よしと賢さは父似なのでした。


なお、黒鴉クロエちゃんと一緒にいる霖くんは心身ともに落ち着けるので、言い返したりはしゃいだりと年相応なわけですが独占欲が最悪なレベル。そして自分の異常ぶりに気付いていない。

黒鴉ちゃんは気づいているけど、魔女なんでそんな人間ばっかり見て来たし、彼女自身「人間の感覚が分からない(経験でカバー)」ので気にしてない。

ちなみに今回の追いかけっこは「捕まえてご覧なさ~い♥」的なことがしてみたかっただけの提案だったりする。


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