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1.病弱青年と魔女



「兄貴のせいで、サッカー出来ないかもって言われたんだけど」


「何が病弱だよ。毎日ベッドの上で苦い薬飲んで親にちやほやされてパソコン弄ってるだけじゃん。どうせ仮病みたいなもんなんだろ」


「マジさあ……お前のせいで弟の俺が割を食うっておかしくね?」



―――じゃあ、代わってくれよ。











俺たち兄弟は、上辺だけは普通の、中身は最悪の仲だった。


俺は自由友達と走り回れる弟が羨ましくて、あいつは何でも与えられる俺を羨んだ。

母さんがうるさい人だから、弟は親の前では『良い弟』として病弱で何もできない俺を上手にやんわりと毒を吐く。親がいなくなれば何かしらやらかす―――この前は打撲の跡が見つかって、医者にも親にも怒られてたな。



「―――りん君、皆も俺も待ってるからな。これ、今週分の勉強だから」

「……ありがとうございます、先生」

「それからこれ、クラスの皆からの手紙だ!読んでくれな」

「…はい」

「あ、そうそう文芸の宮本先生から聞いたぞ、小説で賞取ったんだよな。現文の杉田先生もお前の作文は褒めてたし―――」

「………」

「―――ま、何かあれば先生を頼ってくれな。悩み相談でも勉強でも何でも力になるぞ」



中年の先生―――こいつ、嫌いだ。

数学の担当でもあるが、こいつは馬鹿にした態度で授業するわ女子に厭らしく接してくるわで……この前なんてついに親からのクレームが来て、何とか評価を戻すために「病弱で学校にも満足に通えない根暗男子生徒」の病室までわざわざご足労下さるようになった。


今の所(体のことも考えて偏差値の低い近場の高校にしたんだけど)高校一年の春にも十分に居れなかった身だけど、時間は腐るほどあるし親が家庭教師つけてくれたし。勉強も意外と好きな方だったから、まあまだ付いていける。


「……内申点とか決める手紙どうぐなんていらないんだけど」


入院最初の頃は珍しがられたり数少ない友人が見舞いに来てくれたけど、俺が吐血したのを見たときからパッタリ来ない。あのハゲ担任だっていつもきっちり同じ距離開けて話しかけてくるからな。……責めることはできないって分かってるけど、でも、悲しい。



「…………ふう、」


時刻は三時。三時か……早く過ぎないかな。


いつものパターンだと、今日は母さんじゃなく弟が来る。……精神的に殴りかかりに来るから嫌なんだよな。

別に毎日誰か会いに来なくてもいいよ。俺の「死ぬ死ぬ詐欺」で母さんは疲れ切ってることぐらい、分かってるし。父さんは言わずもがな、仕事で疲れてるのに無理しなくていい。しっかり休んでほしい。



「……よォ、兄貴」


―――さっさと手紙とプリントを片付けようとしたらコレだ。

家に帰ればきちんとしてるけど、それ以外ではなんちゃって不良な弟はニヤニヤしながらガムを噛んでる。…病人の前で噛むな馬鹿野郎。


………でも俺は沈黙を保ったまま。弟が手にした荷物(俺がネットで頼んだヤツ)を揺らしながら、扉からずんずんと近づいてまずは一言。


「バイキン兄貴、今ちょうどアンパンなヒーローのアニメやってるぜ?見る?」

「生憎、俺はガキのまんまで止まってるお前の頭とは違うんで」

「オタクに言われたくねーよ」


よりにもよって弟は俺の取り寄せた荷物を床に落とすと、パッと手紙を奪う。

色々あれこれされてるから女子なんだろうが、弟は雑に破ると手紙をわざわざ読んで下さった。


「はんっ、流石底辺ばかりの高校だ。品のない手紙。お似合いだよ」

「人様の手紙を勝手に読むお前も品がないけどな」

「言ってろ死にかけ。―――ははっ、"りんくん、ぉ元気ですヵぁ? 早く学校にこれるとィィですね!みんな待ってるョ"だってよ!………ねーな」


……俺たち兄弟、仲悪いが思ったことは同じだったらしい。

手紙にいらん小文字付けんな。ていうかピンク?よく分からんけど赤っぽい字で書くな。そしてそのよく分からんキャラの絵は何なんだ。何でアンパンなヒーローの絵なんだ馬鹿にしてんのか。


弟はぶつぶつと「文字汚い」「一本足りない」と―――こいつ、なんちゃって不良だけど小学生の頃から書道習ってたからな。姑の如くうるさいぞ。


「―――んなダメダメな手紙しか書けねーとか、流石兄貴の学校終わってんな。馬鹿丸出しだよ」

「こんなのまだまだ良い方だぞ。一文だけだから解読するのが楽だし」

「律儀に読んでんのかよ……さっすがオタク、細かいヤツ」

「お前も律儀に駄目だししてただろうが」


ちなみに弟は頭のいい学校に行った。

何故かサッカーの上手い高校じゃなくて、勉強が取り柄ですな……まあ、入院してる上に仲も悪いから何でかなんて知らんけど。


「つーかさ、その野暮ったい髪何とかしろよ。伸ばしてるとかキモっ」

「お前もその中途半端に乱してる制服なんとかしろ。不良なら不良でハッキリしろよ」

「うっせぇな、」


あいつかよ、と呟く弟―――いや、誰だ「あいつ」って。そこはかとなく青春の香り……ちょっと小説のネタに出来そうな……。


「キモイ顔してんな!」


俺の顔から色々察したのか、弟は怒鳴ると床に落とされたままの荷物を踏みつけた。


それでも中々壊れないのに苛々して(最近の包装技術スゲー)あいつはとうとうジャンプして両足で潰しやがった。


「てめっ、」

「黙ってろよ金食い虫が!何の生産性もないくせに無駄なモン頼んでんじゃねーよ!!」

「おい!それは賞取った時の金で……」

「どうせすぐ死ぬくせに、無駄金使ってんなバーカ!」


最後にゴミ箱にちゃんと突っ込むと、弟は「じゃーな害虫」の別れ文句と一緒にガムを吐き捨てた。無様に手を伸ばしていた俺の手の甲にくっ付いて、睨みたいのに睨めない―――だって、殴り合いになっても俺、負けるし。


「……さっさと出てけよ」

「言われなくても」


情けないヤツ、と小声で言われたような気がして、俺は正しく成長している、しっかりし始めた背に無理やり剥いだガムの一部分を投げる。

去り際に何とか背にくっ付いて、「ざまーみろ」と呟いた―――むなしい。


俺は邪魔な手紙をすべて叩き落とすと、ガムを剥いだ。プリントに付着したが、まあいい。

もう寝よう。………。


「……がっしりしてて、いいなあ……」



入退院を繰り返す俺の体は、今にも死にそうなのに。







――――――――

――――――

――――



「霖君、ご飯ですよ」

「ああ、はい……」



伯母さんくらいの歳の看護婦さん。この人には入院するたびにお世話になってるせいか、来てくれるととても落ち着く。


「最近食欲ないけど……大丈夫?」

「はい」

「何かあったらすぐ呼んでね。―――ほら、今日のおかずは霖君の好きなものよ」

「ああ……」


食欲の秋というが、俺にはあり得ない現象らしい。


どうにも体が怠いし―――ピリピリしてて、うん………。


「ゆっくり食べてね」


看護婦さんを見送ると、俺は時計を見直した。

……"いつもなら"居るはずなのに、今日はどうしたんだろう。気になって苛々する。


(まあ、急に来なくなるのなんて、慣れてるけど)


小学校の頃からの、数少ない友人だったりとか、初恋の女の子だったりとか。父さん…は、割と早い段階から来なくなったな。母さんも長くいないし、居ても疲れた顔してばかりだから、実は来て欲しくない。


医者と看護婦を除けば、俺に会いに来る頻度が二番目に多いのが実は弟。

一番は―――



「へあ!」



自称「魔女」の、「偉大なるベリーパティエール様」と自分で言っちゃう―――黒髪の。


黒のセーラー服に黒のタイツ、黒のブーツ。古風さを感じさせる艶やかな髪に金の瞳を悪戯っぽく歪めて、何故か俺のベッドの下から這い出てきた彼女。


黒鴉クロエ・ベリーパティエールは今日も猫のようにしなやかに、上機嫌であらせられる。






「へあ!」⇒「へい!」と「やあ!」を足して割った黒鴉クロエさんの勝手な言葉。



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