転生したら亭主関白な王子の婚約者だったので、調教しておきましたわ
「おいエリス! こんな不味そうな飯が食えるかっ!!」
豪華な晩餐室に、ガシャーン!! と激しい破壊音が響き渡った。
目の前で偉そうに立っているのは、私の婚約者である第一王子ロイド。
彼がドヤ顔でひっくり返したローテーブルの上からは、出来立てのスープや肉料理が床一面にぶち撒けられている。
「……何やってんだコラ」
私の口から出たのは、貴族の令嬢らしからぬ地声の低い一言だった。
(あーあ……せっかくの温かいスープが台無しじゃん)
私は元々、現代日本で気性の荒い職人たちを束ねてきた現場監督の女だ。
過労で倒れて目を覚ましたら、この『おしとやかで気弱』だったエリス令嬢に転生していたらしい。
本来のエリスなら、ちゃぶ台返しをかました王子に怯え、泣いて謝っていただろう。
だがあいにく、中の人は筋金入りの気の強い女性である。
「は?なんだその口聞き方は! 妻になるもの、夫の機嫌を取るのが当然――」
「あ?」
私は落ちていたスプーンを拾い上げると、両手で一気に折り曲げて見せた。
パキィン! と金属が悲鳴を上げ、綺麗に真っ二つに折れる。
「……ひっ!?」
「食べ物を粗末にする奴が一番嫌いなんだよね。おいロイド、床に散らばったスープ、拭けよ」
「な、なにを……俺は王子だぞ!?」
「王子だろうが人間だろ! 自分が散らかしたもんを自分で片付けられない奴が、一国の王になれると思ってんのか愚か者が!」
ズカズカと詰め寄り、胸ぐらを掴んで顔を至近距離まで寄せる。
ロイド王子の顔から一気に血の気が引いていった。
……それからの教育(調教)は速かった。
「おいロイド、靴が揃ってねえぞ。やり直し」
「は、はいっ!」
「おいロイド、女は後ろを歩けだ? 前を歩く私の護衛もできないヘタレですって自己紹介か?」
「申し訳ありません! すぐに後方に立ちます!」
「おいロイド、私の紅茶の温度がぬるい。淹れ直してこい。あ、自分の分も淹れて一緒に飲もうね」
「喜んでお淹れして参ります!!」
数週間も経つ頃には、威張り散らしていた亭主関白王子は影を潜め、私の足音を聞いただけで背筋をピンと伸ばして敬礼する「超絶優秀な忠犬」へと仕上がっていた。
「エリス……今日の服、とても似合っているよ。不手際があったら何でも言ってね……!」
「うん、上出来。やればできるじゃん」
頭を撫でてやると、ロイドは嬉しそうに頷いた。
よし、これでこの国の未来も安泰だろう……亭主関白なバカ男を一人矯正してやった達成感に包まれていると、急に視界がグラリと揺れた。
(あ、コレ……元の世界に引き戻されるやつだ)
体が浮遊感に包まれ、私の意識は急速に現代へと引っ張られていく。
最後に「あとの人生、楽しんでね」と、本来の気弱なエリスちゃんの魂にバトンタッチして、私の異世界滞在は終わった。
◇◇◇♢♢
「う、ううん……?」
エリスはゆっくりと目を覚ました。
頭がすっきりと冴えている……どうやら、しばらくの間だれか凄く強大な魂に体を貸していたような、不思議な感覚だった。
「……あ、あの……ロイド様……?」
おずおずと目の前の王子を見上げると、エリスは昔の気弱な声で問いかけた。
その瞬間……
「ひぃっ!? す、すみませんエリス様!!」
ガタガタガタッ!! と勢いよく椅子を引いて立ち上がったロイド王子が、ものすごい速度で綺麗な土下座を決めた。
「な、何か失礼がありましたでしょうか!? お茶の温度ですか!? それとも私の歩き方が生意気でしたでしょうか!?」
「え……? え……?」
冷や汗を滝のように流し、全身を震わせている王子。
かつて自分を見下し、「女は黙れ」と怒鳴っていた面影はどこにもない。
「私、何もおこ、怒っていませんよ……?」
「そ、そんな優しくしないでください! 嵐の前触れですか!? 拷問ですか!?」
「ロイド様、顔を上げてください……!」
エリスがそっと手を差し伸べると、王子は「ヒィン!」と短い悲鳴を上げて首をすくめた。
(……なんだかよく分からないけれど)
気弱なエリスは、プルプルと震えながら自分に怯え切っている婚約者を見て、首をかしげた。
(……これなら、私でもやっていけるかも?)
こうして、調教済みのビクビク王子と、元・気弱令嬢の、平和で立場が逆転した新婚生活が始まったのだった。




