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恋愛ニッチャーズ  作者: 湖上リフィア


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恋愛ニッチャーズ1「知子の場合」

「え?ごめん。今なんて言ったの?」


野上耕平(のがみ こうへい)が口にした言葉が、咄嗟には理解できず、林エリザベス知子(はやし えりざべす ともこ)は聞き返した。


「すみません。あなたとはお付き合いできないです」


生まれて初めて知子の方からした告白は、こうしてあっさり空振りに終わった。自信がなかったわけではない。知子は自分のビジュアルが優れているという自覚はあったし、この高校に入学してからは何人もの男子生徒から告白をされてきた。


ただ、こういうものは何よりも相性が大切だし、それと同じくらいタイミングも大切だ。100人中、99人が恋に落ちるような美少女でも、残り1人には刺さらないことはあるし、その1人がよりによって自分の思い人だったなんていうことだって、可能性としてはあるだろう。


だから、結果については知子も素直に受け入れた。そもそも、「好きです」と言われたからといって、すぐにこちらも好きになれるようなら、苦労はしない。それは、どれだけ情熱的に言い寄られても、「ムリなものはムリ」としか答えられなかった知子自身にも当てはまることだった。


恋愛は理不尽なことの連続だ。タイパ、コスパなんて考えてたら、絶対に見合わない。ただ、自分のどこかNGだったのか?については、知っておきたいと知子は考えた。


「ね、野上くん。良かったら、ダメな理由を教えてくれない?」


そこで耕平が怪訝な表情を向けてきたので、すぐに知子は言葉を付け加えた。


「あ、心配しないで!キッパリ諦めるから。ただ、後学のために理由くらいは聞いておきたいかなって」


すると耕平は、安堵したような表情を浮かべながらこう言った。


「他に好きな人がいるから」


なるほど。そうか。他に意中の人がいたってことか。耕平について、知子は自分の交友関係を使ってそれなりにリサーチしてきたが、浮いた噂のない人だったので安心していた。


「ねえ、しつこいかもしれないけど、野上くんの好きな人について、もう少し教えてもらってもいい?誰にも言わないから。この学校の子?あたしの知ってる人?」


「ええ?…まあ、別にいいけど。3組の石井さん。林さんが知ってるかどうかは、わからないけど」


3組の石井さん。全く知らない名前だ。あとで、調べてみよう。自分が好きになった人の好みのタイプが、一体どんな女の子なのか?純粋に興味がある。別に他意はない。


「ありがとう。あたしはダメだったけど、野上くんは幸せになってね」


「いや、こっちもダメなんだ。もう2回告白して、2回ともその場でお断りされてる」


「へえ、やるじゃん。自分から告白したんだ、野上くん」


自分から告白できない男子は結構多い。友達経由で遠回しに伝えてきたり、告白するにしても、直接ではなくLINEやチャットで伝えてきたりする男子も多い。


「その場でってことは、直接伝えたの?」


「うん。だって、その方が気持ちが伝わるじゃん」


「気持ちいいくらい直球だね。さすが、あたしの惚れた男」


「好きになったら、さっさとコクった方がいいじゃん。モタモタしてるうちに、他の誰かと付き合っちゃうかもしれないし」


「それで、ダメだったら?」


「キッパリ諦めて、次の恋を探す。粘着したって、嫌われるだけだし」


どうも、この野上耕平くんという人は恋愛において小細工をしたり、策を練ったりということをしないようだ。


「でも、さっき石井さんに2回告白したって?」


「1回目は、彼氏がいるからってことだったから。その後、別れたって聞いたんで、もう1度コクったんだけど、今度もダメだった」


「よっぽど好きなんだね。あたしの入る余地なんてないって、よくわかったよ。何なら、その石井さんの好みのタイプ、それとなく聞いてあげようか?」


「いや、もうムリだってわかったから、別にいい。そろそろ、行ってもいい?」


「ああ、ごめんなさい。引き留めちゃって。今日は、わざわざ時間取ってくれて、ありがとう」


耕平が良くても、知子の方はその石井さんという女の子に、俄然興味が湧いてきた。自分を振った男子の、本命の女の子。


「ちょいと、探ってみますか…」


バイトに向かう道すがら、知子はそんなことを呟いていた。


※


知子が石井さんのことを知るタイミングは、思いのほか早くやってきた。翌週の火曜日のLHR(ロング・ホーム・ルーム)の時間。


知子の高校では、月に1度LHRという90分間の授業があり、これは学年をシャッフルして各テーマ毎に集まった生徒が、そのテーマについて好き勝手に話し合うというものだった。テーマは2カ月前に発表され、その中からそれぞれが参加したいテーマのうち第1〜3希望までを選んで投票する。アンケートの集計結果は生徒会がまとめ、2週間前に全校生徒に向けて、それぞれが参加するLHRのテーマが発表される。


今回、知子が参加するテーマは「好きな生き物について語ろう!※ペット可」だった。そして、いざ教室まで行ってみたら司会進行役として立っていたのが、2年3組の石井さんだった。フルネームは、石井小百合(いしい さゆり)と言うのだそうで、この学校の生物部の副部長をしているとのことだった。このテーマも、石井さんが提案して採用されたらしい。


「じゃ、最初に私から話します。私は爬虫類と両生類が好きです。家では2匹のレオパを飼っています。あ、レオパってわかりますか?ヒョウモントカゲモドキっていう、ヤモリの一種です。皆さん、ヤモリとイモリの違いは、わかりますよね?」


…と、まあこんな感じで、大人しそうな顔をしていきなりディープな話題から切り出したので、知子も面食らった。


肌は色黒で、切れ長の一重まぶた。髪は真っ黒なショートボブで、髪から耳を出している。笑顔はいわゆるガミースマイル、笑うと歯茎が見えるタイプだ。ちょっと出っ歯気味かもしれない。色黒の顔に白い歯が目立つ。狭い肩幅に、メリハリのあまりないプロポーション。特にバストは、Aカップくらいだろうか?


もし、この子のビジュアルが野上くんの好みと言うのなら、知子とは真逆のタイプだ。絶対に相容れない。振られたのも納得だ。


知子…すなわち、林エリザベス知子は、母方の祖父がイングランド人だ。ミドルネームに「エリザベス」を加えたのは、そのイングランド生まれの祖父のたっての希望だったと聞いている。アングロサクソン系の血を引いているので、一般的な日本人よりも肌は白く、虹彩の色も薄い。髪色は明るめのライトブラウンで、わずかにウェーブがかっている。ナチュラルでこの髪色なので、小中高生の頃は、とても目立っていたが、名札の名前を見て、教師もクラスメイトも納得していた。孫の中では、最も母方の祖父に似ているらしい。


そのイングランド人の祖父は、身長が195cmもある長身だが、残念ながらそこは似なかった。知子の身長は、日本人としては平均よりも少し高めの165cm。ただ、同じ身長の一般的な女子よりは、足は長めだと思う。そして、バストもヒップも平均的な日本人女子よりは大きめだ。


まあ、一言で言ってしまえば、知子は目立つのだ。「可愛い」よりも「美人」と言われることの方が多かった気がする。物心ついた頃から、学年を問わずいろんなタイプの男の子から好意を向けられたり、告白をされたりしてきたが、残念ながらその中に知子の好みのタイプの男子は居なかった。


「そもそも、話したことないし、あたしのこと知らないよね?」


「ごめんなさい。〇〇くんのこと、良い人だとは思うけど、ちょっと、そういう風には見られない」


「気持ちは嬉しいんだけど、友達のままの方がいいかな」


告白してくれた相手のことを傷つけないように、それでいて一抹の期待も持たせないように断るのはテクニックが要る。それでも後になって「お高くとまってる」とか、「調子に乗ってる」とか、陰で言われるのはザラだし、諦めてくれずに粘着質に付きまとわれるのは、もっと困る。


その見た目からお嬢様っぽい性格だと思われがちな知子だが、実際の性格はフランクでざっくばらんだ。「仲良くなると、印象が変わる」とは、友達からよく言われる。


そして、いまLHRの司会進行をしている石井小百合さんだ。あっさり知子を振った耕平の、本命女子とのことだったので、どんなタイプなんだろうと思ってさっきからずっと観察している。


知子の受けた第一印象は、「理知的な地味っ娘」だった。話し方や選ぶ話題が、知子の周囲に居る文系女子とは違っている。そう言えば、3組は理系クラスだった。生物部に所属しているのも、純粋に生き物が好きなのだろう。知子もイヌやネコ、ハムスターなんかは好きだが、爬虫類や両生類は苦手だし、虫は全てムリだ。


いま、石井さんはペット用のヘビの遺伝子の話をしている。ヘテロとか、劣性遺伝とか、知子の聞いたことのない言葉が、上級生の男子生徒と石井さんの間で飛び交っている。それを聞いている他の生徒は、若干引き気味だ。参加者の中には、あまり関心がないのにこのテーマのLHRに割り振られてしまった生徒もいる。イヌやネコの話ならともかく、さすがにペット用のコーンスネーク?の遺伝の話は、マニアック過ぎる。


「すみません、つい興奮して話が弾んでしまいました。それでは次、林エリザベス知子さん、好きな生き物について話してください」


不意に自分の名前を呼ばれたので、知子は固まってしまった。そうだった。このLHRは、司会進行役から指名された生徒が、順番にテーマに沿って話をする授業だった。


「ええと、あたしは今、愛犬と暮らしています。犬種は、シーズーで、オスです。抱っこされるのと、かまわれるのが嫌いなくせに、放っておくと焼きもちを焼く、ツンデレさんです。前に1度、3時間くらい愛犬だけで留守番させたら、あたしのベッドの上でウンチしてました。皆さんの家のワンちゃんも、そんなことしたりしますか?」


愛犬のこととはいえ、いきなり下ネタを話してしまった。


「まさか、林さんみたいな美人から、そんな話を聞けるとは思わなかったなあ」


もう一人の司会進行役の上級生の男子生徒が、そうフォローしてくれたところで、教室内が笑いに包まれた。


「はい、2年生の林エリザベス知子さんから、皆さんへの質問です。似たような経験をされた人はいますか?」


石井小百合さんは笑みを浮かべながら、そつなくLHRを進行していく。


「この子、見かけによらず出来るわあ」


そんなことを思いながら、この場の誰からも手が上がらないことを確認して、知子は着席した。


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