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第十話:オペレーション・タカマガハラ ― 天を穿つ神殺しの矢



「――蓮ーッ!!」


真空の宇宙(そら)に、音にならない蒼の絶叫が響き渡る。

大気を切り裂き、偽りの神を宇宙の領分へと打ち上げた真紅の鬼刃は、大気圏外へ進出した直後、背部に接続されていた**『天之浮橋』**が推進限界を超えて極限のオーバーロードを起こした。

機体の全エネルギーを炎へと変えるような、夜の闇を照らし出す極大の爆発。

そのあまりにも壮絶な光の散華とともに、蓮の鬼刃は完全に吹き飛び、漆黒の宇宙からその姿を消した。


『――鬼刃・赤城蓮、生体反応および全機体信号(シグナル)、完全にロスト……!』

「くそッ……!」


蒼はバイザーの中で奥歯を強く噛み締め、グローブの中で血が滲むほどに拳を握りしめた。

しかし、友の名を叫ぶ余暇すら彼には許されない。


『マスター! 目標周辺の空間歪曲率が限界値を突破! 全方位の光と粒子が、目標へ急激に収束していきます!』


AI・Karenの電子音が、警告色(レッド)を帯びて尖る。

Class-Xは、打撃の痛みなど初めから存在しなかったかのように無傷のまま、宇宙空間のあらゆるエネルギーを自身の胸部炉心へと呑み込み始めた。

縮退していたケイオニウム反応が、超新星爆発直前の星のように白く輝き始める。

そして――次の瞬間。

偽りの神は、地球防衛の絶対ラインである軌道上、衛星ネットワーク『高天原』と同期する蒼龍へ向け、星ひとつを容易く滅ぼす絶望の死の光――極大エネルギー波『星の咆哮』を解き放った。


『マスターーッ! やばいです! 計測不能の超特大エネルギー波、接近! 拡散しきれません、衛星ごと全部持っていかれちゃいます!!』 「Karen!『八咫鏡(ヤタノカガミ)』防御フィールドを急速展開しろ! わずかでもいい、射線をずらすんだ!」


蒼龍の背後に控える戦術兵器プラットフォーム『天の岩戸』から、4層の幾何学的な黄金のバリア――位相幾何学・次元反射シールド『八咫鏡』が幾重にも展開される。

さらに、巨大な衛星の姿勢制御バーニアを限界まで緊急爆発させ、プラットフォーム自体の軌道を強引に遷移させた。

直後、白光の洪流が『八咫鏡』と激突する。


――音はない。


だが、空間そのものが軋み、歪み、次元の境界が悲鳴を上げる極限の振動が、蒼の脳髄を直接揺さぶった。

1層、2層、3層――。

未来科学最強の盾であるはずの『八咫鏡』の防壁が、ガラス細工のように次々と砕け散っていく。


「う、おおおおおおっ……!!」


4層目のシールドすらも突破した『星の咆哮』の余波が、ついに蒼龍の装甲を捉えた。

その瞬間、蒼龍のコアから翡翠色の光が迸り、機体の自己防衛プロトコル――『EVEプロトコル』が強制起動する。

装甲ナノマシンが最大密度で硬質化し、死の光を正面から受け止めた。

バイザーの視覚モニターは数千もの警告(アラート)で真っ赤に塗り潰され、スーツ内の温度が激上昇する。


『マスター! やばいです、八咫鏡の反射・拡散力を遥かに上回ってます! 事前予測の数十倍……いえ、数百倍です!』


Karenの音声にノイズが混じり始める。


『このままじゃ1分も持ちません! この領域のサテライト・モジュールごと、跡形もなく木っ端微塵です!』

「――諦めんな!!」


蒼は熱で焼け焦げそうになる腕を前方に突き出し、吼えた。


「蓮が……あいつが命を懸けて天まで運んでくれたんだ! オレたちが弱気になってどうすんだ! 絶対に諦めるな!! Karen、お前のAI回路が焼け焦げても、最後の最後まで計算を止めるな!!」

『……ッ! バカマスター!! 地獄の底まで付き合いますからね、勝手に死んだら絶対に許しませんよ!!』


Karenが自らの論理限界コードを上書きし、全機能を超回復・並列演算モードへと移行させる。


「八咫鏡が吸収したエネルギー変換供給、最大値へ固定! 概念射撃兵装――『天羽々矢(アメノハバヤ)』、射線軸(ライン)固定!!」


真っ赤に染まった蒼の視覚モニターが、滅びの光の中心に浮遊するClass Xを捉える。

衝撃の余波で映像モニターの表示インターフェースに重度のノイズが走り、警告音が脳を削るようにけたたましく鳴り響いていた。


「Karen……全ての警告音をシャットアウトしろ。生き残るための全ての余剰パワーを、天羽々矢の射線軸固定に回せ……!」

「……了解(ラジャー)。環境音、完全遮断します」


世界から全ての音が消えた。

しかし――音が消え、静寂が訪れたことで、逆に蒼は自身を襲う『異常』に気がついてしまった。

呼吸が浅い。心音が耳の奥で激しく暴れている。 弓を引き絞り、照準機を支える右手が、ガタガタと情けなく震えていたのだ。


(くそッ……なんで……なんでこんな時に……!)


自分の未熟さが恨めしかった。

死の地獄をあざ笑うように突き進んでいった蓮に比べ、自分にはまだ『死への覚悟』が決定的に足りていない。

自分の手が放つたった一発の『矢』が外れれば、眼下にある青い地球の全ての生命が、今日この日に絶滅する。

18歳の少年の両肩にのしかかる全人類・全歴史の重圧は、あまりにも重く、冷たかった。


(怖い……手が……手が震えて、目標に定まらない……!)


絶望の涙がひとしずく、バイザーの中で頬を伝い、心が折れかけた――その時だった。


『(蒼…大丈夫よ…)』


どこか温かく、胸の奥深くに直接響くような、懐かしい声が聴こえた気がした。


「……え?」


蒼は息を呑んだ。

そっと両手の上に、見えない誰かの温かい手が重ねられた感覚があった。


「……Karen? 今、なんか言ったか?」


Karenは何も答えなかった。

沈黙の中、ただ淡々と画面上の目標照準(ロックオン)数値が跳ね上がっていく。

――手の震えは、完全に消えていた。


全ての迷いが消え去った彼の視界は、かつてないほど透明に澄み渡っていた。

ノイズと亀裂で壊れかけていた視覚モニターを通しているにもかかわらず、まるで自分自身の『肉眼』で見通しているかのように、Class-Xの厚い装甲の奥、鼓動する再生核(コア)の『一点』が、手に取るように明確に捉えられていた。


「……今なら、いける」


蒼の声には、もう何の震えもない。


「Karen。全エネルギーを天羽々矢へ充填しろ。……奴を撃つ」


狙いを定める静かな瞳に、そして弓の引き金を絞る指先に、自分のこれまでの全人生と、託されたすべての想いを集約させる。


『――外したら、絶対に許しませんよマスターッ!!』 「――任せろ、相棒」


蒼が、引き金を絞り切った。

――光が、生まれた。

音が伝わらないはずの宇宙空間を、確かな『破砕音』が貫く。

『八咫鏡』が吸収し、蓄積し、変換した極大のケイオニウム・エネルギーを全弾込めきった一閃の黄金の矢が、Class-Xの放つ死の光を正面から真っ向から切り裂いた。


光と光が激突し、絶対的な強者の法則が書き換わる。

天羽々矢の概念断絶の輝きは、偽りの神の抗いを一切許さず、その白銀の胸部――不死の再生核(コア)の中心を、寸分違わず完全に貫通・消滅させた。


音もなく、ゆっくりと、無重力の闇の中でその巨体を崩壊させていくClass-X。

無敵を誇った神の体表から黄金のラインが消え、白銀の装甲が光の粒子となって剥がれ落ちていく。

蒼龍のバイザーの中で、蒼は満足そうに大きく息を吐き出し、どこか吹っ切れたような爽やかな笑みを浮かべた。

眼下に広がる美しく青い故郷――地球を見下ろしながら、相棒へと語りかける。


「……なぁ、Karen。ここから地上に帰るためのエネルギーって、残ってるか?」

『――エネルギー残量は問題ありません。供給衛星「産霊」からのバイパスラインに、十分な電力を保持しています』

「おお、マジか! じゃあ、今すぐ地上に――」

『……ですが、マスター。地上への帰還は不可能です』


Karenの声が、冷淡な事実を告げる。

蒼龍のフレーム各所から、ピキピキとナノマシン装甲が崩壊していく甲高くて静かな電子剥離音が鳴り響き始めた。


『八咫鏡の拡散負荷と「星の咆哮」の直接干渉により、蒼龍の機体構造が限界を迎えています。エネルギーは残っていても、地球へ帰還するための大気圏再突入の熱に……この身体が耐えられません。すでに装甲の崩壊が始まっています』


蒼は自分の腕を見つめた。

白銀のナノマシン装甲が、光の粉となって宇宙の闇へ静かに散っていっている。

だが、蒼の顔に恐怖や悔いは微塵もなかった。


「そっか……。エネルギーはあっても、器(カラダ)の方が持たないか」


蒼は晴れやかな顔で笑い、宇宙の静寂に身をゆだねた。


「まあ、最後に見る景色としては悪くない綺麗な星だな。……一緒に見るのが、お前なのも悪くない」

『ふん……調子のいいことばかり言って。最後までその軽口ですか、マスター』


Karenの音声にも、全てをやり遂げた者特有の、どこか穏やかな温もりが宿っていた。

次の瞬間、背後にある巨大な戦略サテライト『高天原』と兵装網『天の岩戸』のモジュールが、激しい断末魔の閃光を放ち始めた。

『八咫鏡』で処理しきれず、行き場を失った超高密度のエネルギーが、衛星の内部構造を臨界まで暴走させていたのだ。


「まあ、親父も地上にいるしな……! 俺たちが残した記録を見れば、あとはどうとでもしてくれるだろ」


蒼は静かに目を閉じ、地球の未来を大切な人たちへと託した。



「――ありがとうな、Karen」

『――どういたしまして、マスター』



次の瞬間。 戦略サテライト網『高天原』が、太陽すら呑み込むような未曾有の大爆発を起こした。

Class-Xの遺骸から放出された規格外の崩壊エネルギーと、衛星網が吸い上げた超極大エネルギーが宇宙空間で衝突し、対消滅の連鎖が始まる。


重力偏差が無限大へと跳ね上がり、空間そのものが大きく、渦を巻いて歪み始めた。


その巨大な『次元の重力歪み(特異点)』の中心へと、すべてが白光の渦の中へと静かに飲み込まれ、消滅していった――。


***


同刻――地球。 太平洋を望む全ての都市で、空を見上げていた全人類の目をくらませるほどの、「この世の始まり」を思わせる凄まじい閃光が空を覆い尽くした。

昼よりも明るい白光が降り注ぎ、空を脅かしていた悪魔の気配が、きれいさっぱりと消え去っていく。

しかし、ゼタクト本部司令室の空気は、死の冷やかさに凍りついていた。


「――蒼ーーーーーッ!!!」


強烈な電磁波と空間震動によってノイズだらけになったメインモニターの前で、最高司令官・東雲彗の叫び声が虚しくこだまする。

乱れ飛び、フリーズしていく電子座標データの中で、地球を救った二人の戦士の認識コードが、赤文字のシステム標準フォーマットに置き換えられ、静かに表示されていた。


[SYSTEM ALERT]

UNIT-01 : KIBA (REN AKAGI)

----- [ SIGNAL LOST ]

UNIT-02: SOURYU (SOU SHINONOME)

----- [ SIGNAL LOST ]


... ALL OPERATIONAL SATELLITES : DOWN

... HOSTILE CATEGORY CLASS-X : ANNIHILATED


握りしめた彗の拳から、血が滴り落ちる。

人類は救われた。

地球は滅亡の縁から生還したのだ。

だが、その最大の功労者たちを迎える言葉は、静まり返ったモニターに点滅する、たった2行の冷たい文字列だけだった。


軌道上から一切の信号が消え、あまりにも壮絶な散華とともに消息を絶った赤城蓮。

そして、崩壊する機体とともに最後の閃光の中へと消え去った東雲蒼。

地球の命運を賭けた『オペレーション・タカマガハラ』は、彼らの行方を深い闇の向こう側に隠したまま、静かにその幕を閉じたのだった。




ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

そして……長い長いプロローグ、本当にお付き合いいただきありがとうございました!

「いつ平安時代に行くんだ」と思われていた方も多かったと思います(笑)。

この未来編だけはどうしても先に描きたかったんです。


次回――

いよいよ平安時代編、開幕です。

未来では当たり前だった科学も通信も衛星も存在しない世界。

そこで蒼は、「ケイゼル」と「現代の常識」を武器に、妖怪が跋扈する平安京で生き抜くことになります。

なお、平安時代編の初回は2話連続で投稿します。

未来と平安が本当の意味で交差する物語が、ここから始まります。

ぜひ、この先も最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


※補足


八咫鏡(ヤタノカガミ)

西暦2186年の最終決戦において蒼龍が装備していた、衛星ネットワーク「高天原」と連動する「位相幾何学・次元反射シールド」です。単なる物理的な防壁ではなく、空間そのものを湾曲させることで攻撃を反射・拡散します。超新星爆発級の極大エネルギー波を唯一、吸収・蓄積できる最強の盾として設計されました。


EVEプロトコル

EVEプロトコルは、蒼龍の基幹プログラムに組み込まれた、装着者の生命を維持するための強制介入型防御プロトコルです。蒼の父・彗が、亡き妻・藍の「深い包容力」や「人間への愛情」をデータ化し、プロトタイプAI「EVE」として移植したことに由来します。このシステムの根幹には「装着者(蒼)を絶対に生かして帰還させる」という母・藍の強い遺志が反映されています。


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