完全に詰んだ
完全に詰んだ。
「まずは回復をしてもらおうか」
堂々たる声でそう命じる私の全身は生きているのが不思議なくらいな重傷だ。
すごいよ、だって。
お腹に穴空いてるし、右腕取れてるし、左足は捻じ曲がってるし、あと他にも大小様々な傷が多数――。
つーか、いくら相手が魔王だからってここまでやる?
いや、別にさ。
死闘の末にこうなるなら分かるんだよ。
だけどさ、勇者、お前……この私との戦いで無傷じゃん。
なんでわざわざこんな凄惨な攻撃してきたんですかね。
「どうした。早く回復せねば死ぬz……」
「その傲慢な態度が気に食わない」
もっともな言葉だ。
戦いが始まって終始一方的な試合が続いていた。
ワンサイドゲームだ。
魔王である私のレベル上限が100だったのに、勇者のレベル上限が1000だったくらいには実力に差があった。
挙句の果てに力の差を思い知らせるように凄惨な傷を負わせて、力の差を十分に認識させた上で半泣きになりながら言った命乞いがこれだ。
『私の味方になれば世界の半分をやろう』
ぶっちゃけ通るわけないって思った。
この言葉を人間語に訳せば『もう勘弁してください。早く殺してください』となるだろう。
それなのに返ってきた言葉はこれだった。
『全部寄越せ。それなら助けてやる』
いや、もう……そんなん私殺したら手に入るじゃん。
マジでそんなん勝手にしろよ。
そんなこと思いながら私は口にしてしまった。
『良かろう。まずは回復をしてもらおうか』
そんでもって冒頭に戻る。
さらに、この状況に至る。
そして――今、この瞬間に至る。
「……すみません。本当、体痛いんで助けてください」
「始めからそう言えばいいだろう」
あっ、回復魔法だ。
気持ちいい。
うっわ、足のねじれ治った。
右腕くっついた。
お腹の穴が塞がっ……今更だけどどうなってんだ? これ。
回復魔法って言っても流した血が戻るわけじゃないのに。
攻撃も回復も出来る上に魔王である私の攻撃を無傷で捌ける防御力って、もう本当最強じゃん。
全身が治った。
なんかついでに消耗した体力と魔力も戻った。
今、不意打ちをすればあるいは……。
「くだらん事を考えるなよ。次はもっと酷い目に合わせるぞ」
「まさか。考えるはずなかろう」
「随分傲慢な物言いだな」
「あっ、すみません」
思わず謝ってしまった。
てか、本当これからどうすりゃいいんだろ。
体力も魔力も戻ったけどさ。
さっきの話の流れ的に私は――。
「で、世界の全部を貰いたいんだが」
ですよね。
そうなりますよね。
だけどね、ごめんね。
私の持ってた世界の全部はもうあんたにもってかれてンだわ。
各地に配備した部下も、癖の強い奴しかいない四天王も、ぜーんぶあんたに殺されちゃったじゃん。
「何故黙っている?」
「えっ、あっ、いや……」
えっ、マジでどうやって切り抜けよう。
これ案外普通に指摘すれば助けてくれたりするかな?
いや、無理か。
「えーっとですね。その……」
「まさか、もう全部お前のもんだろ馬鹿野郎とか考えているのか?」
「いやいやいやいやいやいやいや!!! まさかまさかまさか!!!!」
首を滅茶苦茶左右に振りながら必死に打開方法を考える。
まぁ、無駄だったけど。
「なら、早く教えてもらおうか」
「はい?」
教える?
なにを?
「お前流の支配術を」
支配術?
ぽかんと口を開ける。
しかし、相対する勇者は実に真面目な顔だ。
「各地に放っている者達から既に情報は得ているだろうが……既に人間は勝利を確信している」
えっ、そうなんですか……。
いや、そりゃそっか。
あんたみたいな最強の勇者様がいるんだから、そうなりますよね。
「それだけなら良いのだが」
こっちとしては良くねえよ。
「俺とお前の戦いは賭け事の対象にさえなっている」
「え!? そうなの!?」
「ちなみにお前の方の倍率は7万超えだ」
どんだけ期待されていないんだよ、私。
「この意味が分かるか?」
知らんがな……。
「平和の訪れを誰もが確信しているということだ。それだけならば良いのだが――」
「はい、とっても良い事だと思いますけども」
「今では人間の国はそれぞれがどの程度俺を支援したかを必死に主張しているんだ。何故か分かるか?」
「いや、知りませんよ」
「要するに『戦後』に向けた政治が既に始まっているんだよ。尤も戦争だって政治の一つだが」
勇者は心底気だるそうにため息をつく。
そして、今になり勇者が何を求めているか私は悟った。
「ふっ。なるほど。貴様の考えが読めたz……」
「『貴様』?」
「あっ、いや……えっと、わたくしめには勇者様の考えが読め、いや、理解いたしました」
「言ってみろ」
「はい。勇者様は平和な世をもたらしたいのでしょう? 誰もが幸せに生きることが出来る世を」
「……その通りだ。俺は学がなかったからな。正直に言えばお前を倒せば平和な世の中が訪れるって本気で思っていたんだ」
んなわけねーだろ。
世界どころか、職場や学校、それどころか家族単位でさえあえて共通の敵を作ることで結束を高めるなんて常套手段だ。
いや、基本だ。
それが世界単位で言えば私こと魔王であっただけで。
本当にお間抜けな奴。
そして、そんなお間抜けな奴だからこそ。
「それで。勇者様は新たな魔王になるおつもりでしょう?」
――隙がある。
「……あぁ」
「そうすることで世界がまた結束を高める。そうすれば世界は平和になる。そうお考えなんですね」
勇者が無言で頷く。
青い考えだ。
そもそも世界平和を望む勇者に私のような悪逆非道な行いなんて出来るはずもない。
「どうするおつもりですか。私の支配術には恐怖は必須です。あなたにそれは出来ますか」
まぁ、恐怖って意味だとこれ以上ないほどの恐怖を与えられる力はあるけども。
だけど、殺しや独裁なんてこいつには出来そうにないしなぁ。
「それが出来ないから困っているんだ」
「――でしょうね。ならば提案があります」
ここにきて私はようやく光明が見えた。
内心でほくそ笑みながら、それをおくびにも出さず伝える。
「私があなた様の腹心になりましょう。あなた様を最強の部下となりましょう」
「お前を部下としてどうするんだ?」
「分かりませんか? 自作自演です。私はこれまで通り魔王を演じる。そしてあなたの指示の下に『適度な範囲』の犠牲を出す」
「適度な範囲だと?」
「ええ。例えば悪心を持つ者が反乱を起こしたら、私の魔法で人々にそいつを『魔王に協力する者達』と認識させた上であなたが倒す。そうすれば人々は未だ魔王の支配が続く事に恐怖しつつも、勇者様の存在に安堵するのです」
「しかし、それでは自作自演ではないか」
勇者の心が動いたのを感じた。
そう。
私には分かる。
勇者は新しい魔王になろうとしていた。
そうすれば世界は一致団結すると考えている。
だが、魔王となる覚悟がなかったのだ――否、不安しかなかったのだ。
だからこそ、この甘言で――落ちる!
「勇者様。これも支配術の一種ですよ」
勇者の心が堕ちたのを感じた。
哀れな。
元々、自らの使命と後に続く世に対する不安で押しつぶされそうだったのだろう。
故にこんな子供だましのような甘言に引っかかる。
――少しだけ、同情するぞ。
勇者よ。
だが、我は魔王だ。
我は我で使命を果たさねばならんのでな。
「……頼んでも良いのか」
「ええ。もちろんです」
「……これで共犯だな」
「あはは。そうなりますね。勇者様」
まぁ、我は数万年の寿命持つけどな。
お前が死んだ後に好き勝手するわ。
「ありがとう。魔王」
「お気になさらず、勇者様」
しかし、こんな事に気づかないなんて。
本当に切羽詰まっていたんだろう。
心は破裂寸前だったか。
あぁ、心底――同情するぞ。
我の心を知る由もなく、勇者は晴れやかな笑みを浮かべる。
「とても良い案だ」
「そうでしょう?」
「あぁ。世界のシステム的に魔王が現れれば俺も転生するから、そう意味ではお前が俺の死後に好き勝手すりゃ、俺もまた転生してお前を懲らしめることが出来るしな」
――なんて?
「あぁ、本当に良かったよ。魔王が暴れりゃ勇者が生まれるのに、人間がいくら暴れて世界が滅びそうになっても勇者は現れないんだもんなぁ」
えっ、まって。
お願い待って。
ちょっと、頭ついていかないんだけど。
「なぁ、魔王」
「あっ、えっ、あっ、はい」
勇者が子供のように無垢な笑みを浮かべる。
その瞳に涙を滲ませながら。
彼は私の体を思い切り抱きしめた。
それが純粋な心の発露なのだと私は否応なしに理解する。
「ありがとう。本当に」
その。
温かな体温を感じながら。
私は悟る。
――完全に詰んだ。




