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遊牧史 I 匈奴敗走す  作者: 神箭花飛麟


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驕り

始皇帝の没後、折からの大事業や遠征、趙高の専横により秦は統一からわずか15年で滅亡。楚漢戦争を経て劉邦が漢を建国した。

劉邦は各地に配下を王として配置。北方の対匈奴防衛には、韓王信を代地に封じて代王とした。

本文ではこの代王信を「代信」と呼ぶ。

紀元前201年-馬邑

代信は、包囲されていた。

北の匈奴に対する防衛の最前線として首府を馬邑に移したはいいものの、まさか冒頓単于が四万の精鋭部隊をもって馬邑を電光石火の勢いで突いてくるとは予期していなかった。

開戦当初から匈奴への和睦を求める使者とと共に劉邦に援軍を求める使者を再三送っているが、反応がいいものはない。

劉邦は五万援軍を出すと言っているが、明らかにのんびり進んでいる。

「王黄、援軍はまだか!」

「それが、あと三日はかかるようでして」

「今日着くと言っていただろうが!」

もう城内の食料はとっくに底をつき、死んだ馬をも食べたりする有様だった。兵の士気も低くなり始めている。

「どうやら匈奴への和睦の使者を、往来させていることが陛下に疑われているようでして」

「何をだ」

「我らが匈奴と通じるかも知れない、という疑念です」

そのときちょうど、従者が来た。

「代信様、陛下の使者です」

「要件はなんだ」

「どうやら、こちらが匈奴についたのかと陛下に疑われており、それを責める使者のようです。

代信は絶句した。

「王黄、俺は降伏するぞ」

「お待ちください。曼丘臣と最後相談なさってください」

曼丘臣は一番の腹心である。今も前線にいるが、相談しない理由はなかった。


「陛下に疑われているというのは本当ですか」

「さっきそれを責める使者が来た」

「陛下は、何を考えて」

曼丘臣はため息をついた。

「燕王や斉王の例もある。あれほど臣下の反乱があれば疑うのも無理はないだろうが」

これまで、劉邦に封じられた燕王臧荼や斉王になった名将・韓信さえも反乱容疑がかけられ、それぞれ滅んだ。

「しかし和睦の使者をも疑うとは考えられません」

「だからな、曼丘臣」

代信は顔を近づけた。

「俺は降伏する」

曼丘臣が顔を上げた。

「異論はないな」

「仕方ありません。ここを譲れば、匈奴での地位もある程度はあるでしょう」

匈奴の勝利は、ここに決した。


「やはり裏切っただと」

劉邦は叫んだ。

「このまま攻め込む」

「陛下、いったんお戻りください」

謀臣の陳平が言った。

「なぜだ」

「今攻め込んでも、到着するのは冬になりましょう。馬邑は寒く、こちらが不利です」

「ふむ」

「長安に戻りましょう」

「あいわかった」

劉邦は皇帝になっても、人の意見を聞く、裏返せば頼らなければならないということは変わらなかった。


「代信殿」

単于が言った。

「はっ」

「降伏、感謝する」

「こちらこそ、受け入れていただき、地位を与えてもらって感謝しております」

「うむ」

単于を見た。

鷹揚としているが、安堵と攻撃的な雰囲気がないまぜになっていて、不釣り合いだった。

「劉邦は長安に戻ったようだな」

「はい」

「地位と任務を与える」

単于の語気が強まる。

「東胡盧王の号を与える。参合に駐屯し、漢を攻める時は先導をしろ」

「御意に」

参合は馬邑より北東にある地だ。

地位を保証されたと言ってもいい待遇である。

降伏して良かったと心から思った。


一旦一年は少しの地方軍に匈奴の対応をさせるだけで代信を静観し、翌年の秋も深まった。

「樊噲、周勃、灌嬰よ」

将軍たちに命じた。

「はっ」

「軍をそろえろ、なるべく早く」

劉邦は命じた。

「裏切り者は、許すわけにはいかない」

「御意」

劉邦は少し心配なことがあった。

今まで重要な戦いには従軍してきた張良がいないのである。

最近はずっと、仙人になりたいなどと言って山に籠っているので劉邦も無視している。

だが、ここに来て謀臣が陳平だけだったことが気になった。

丞相の蕭何を呼んだ。

「陛下、どうされました」

「うむ」

劉邦は一旦息を吐く。

「謀臣が陳平だけで大丈夫だろうか」

「こちらは漢という大国なのです。怯える必要はないと思われますが」

「うむ。だがなぜか嫌な予感がしてな」

「なら、夏侯嬰にでもご相談なさってください。私は補給のみをしますので」

「わかった」

夏侯嬰は劉邦の御者で、小さい頃からずっと一緒にいる。

配下を信じられなくなり始めていた劉邦には最適と言えた。

夏侯嬰を呼ぶ。

「どうされました」

「謀臣が陳平のみでいいと思うか」

前置きなどいらない、そういう友達に近い感覚だ。

「こちらは漢で最も優秀な三将軍をも揃えているのです。心配することはないでしょう」

なんとなく勇気付けられた。

夏侯嬰の勘は昔から当たる。

「では、行くか」

「はっ」

劉邦は、出撃を命じた。

秋も深まった時期の出撃なことが、少しだけ気がかりだった。

だが、以前匈奴を打ち破った蒙恬を上回る三十二万の軍に、蕭何の補給があれば、憂いはなかった。


代信は単于から敗北を命じられていた。

一旦負け、誘い込み撃滅するのである。

自分が知っている劉邦は誘われてそのまま死地に行くような性格ではないと思うが、匈奴の見るからに弱い騎兵を見て、その不安は消えた。

これは、こちらが負けるふりをして誘い込める。

銅鞮(どうてい)においてゆったりと進んでくる左賢王、右賢王という単于の側近の軍と合流する予定だった。

その前に進んでくるであろう漢軍は必ず分断できると信じるはずだ。

来い、劉邦。


劉邦は匈奴が弱兵という五人の斥候の言葉をほぼ信じたが、最後に洞察力を信頼している劉敬を送り、帰還してきた。

「これはわざと弱みを見せて、陛下を誘い出す罠に違いありません。進軍を中止してください」

劉敬が言った。

「なぜだ」

「匈奴は、間違いなく精鋭をここに送り込んでくるはずです。わざわざ老いた馬や兵を配置するはずがありません」

手で払った。

「進軍は決定事項だ。しかも弱兵と来た。これで行かないということはない」

「陛下!お願いします!ならせめて全軍一体での進軍を!」

「どうしてそうなる」

「追撃させ、分断を図ろうとしていると思うのです」

「検討しておく」

劉邦は無視し、輿の外を見た。

こちらは千軍万馬に、敵は弱兵と来た。

「進軍を騎兵のみ速めよ。歩兵は変わらずで良い」

「はっ」

速さが命だ。


「劉邦は愚かであるのぉ、王黄」

「こんな老兵どもが匈奴などと思っているとは、失笑ですね」

代信は逃げていた。

もちろん偽装撤退である。

匈奴の昔からの戦術らしい。

「さて、単于は白登山あたりに待機しているらしいな」

「共に戦われますか」

「劉邦のたまげた顔を早く見たい」

「では、私も」

自分が鍛えた精兵も、匈奴にあっさりと破れることに驚いた。

劉邦直属の騎兵だろうと、これは勝つはずだ。

いや、勝たなければならない。

「しかし、寒いなぁ」

去年や一昨年より明らかに多い雪だった。


劉邦は勢いに乗っていた。

代信の以前の拠点だった馬邑や晋陽をも落とし、現在の拠点である参合にあと一歩のところまで迫っていた。

「寒いのぅ、しかし」

今年は例年にも増して雪が多い。しかも北の辺境に来ているからなおさらである。

歩兵の使者が来た。

「歩兵は半分が凍傷にかかっており、指が動かないものも多く」

「そんなことより早く来い!」

歩兵は遅れていた。

騎兵が進撃を続けるからいいものの、ここで精鋭に包囲などされたら壊滅である。

まあ、匈奴は下馬評に劣らない弱兵だったからそんなことはあるはずはない。

「歩兵に伝令」

「はっ」

「凍えているものは置いていけ。さっさと来る方が重要だ」

劉邦はため息をつく。

「そうしたら、いつ来れるか」

「二日でなんとか」

遅い。あまりにも遅い。

「二日目の正午に到着しなければ将を獄に落とす」

「どこに行かれますか」

使者は切羽詰まった顔をしている。

「平城の近く、白登山だ」

「御意」

使者が風のように去った。

「三将軍を呼べ」

侍従に命じた。

将軍たちが来た。

「明朝、進発する」

「はっ」

「行き先は、参合」

「歩兵は置いていかれるのですか」

周勃が言った。

「途中の白登山で待つ」

「長引くと、包囲されるかもしれません」

珍しく無口な樊噲が喋った。

「大丈夫だ。明後日の正午には来る」

「そうですか」

「白登山は天然の要害らしいしな」

「だといいのですが」

不安な顔をしつつ、将軍たちが去った。

「陛下!どうか進軍の取り止めを!」

劉敬がまだうるさい。

「後方に回し、獄に繋いでおけ」

「御意」

全く、早く終わって欲しいものだ。


途中の城郭である大同は匈奴が放棄したため劉邦は無視した。

近くの山である白登山で一旦参合包囲戦のため、歩兵を待つため騎兵五万で向かっているらしい。

全て、単于の思惑通りなことに代信は驚きを隠せなかった。

斥候が来た。

「漢軍、騎兵全て白登山に到着したようです」

「時が来たな」

単于が右手を挙げた。

周囲の山々から匈奴軍が地平線を埋め尽くすように現れる。

東には青毛、西には白毛、南には赤毛、北には黒毛の馬だった。

その数、四十万。

「王黄、これは」

代信は絶句した。

王黄色と曼丘臣も口を開けていた。

「単于の力がこれほどとは」

漢軍が混乱し始めた。

単于が微笑んだ。

「借りを返すときだ、中華」

漢軍は白登山で七日七晩包囲され、極寒と飢えで絶体絶命となった。謀臣・陳平が単于の妃に貢納を贈り、嫉妬心を煽る裏工作で包囲を解かせたと言われている。

しかし単于の真の目的は、漢を屈服させ貢納と交易を得ることだった。その意味で、匈奴は完全な勝利を収めた。

生還した劉邦は、漢の皇女と貢物を贈る屈辱的な和親条約を結び、武力ではなく耐え忍ぶ外交へと転換。漢は武帝期まで、事実上の匈奴の属国となるのである。


この「遊牧史」全五部のうち、最も支持を得たものを長編化する予定です。

もし「この時代の先を、もっと深く読んでみたい」と感じていただけたら、ぜひ評価や感想であなたの声を聞かせてください。

歴史を動かすのは、いつだってその場の熱狂なのだから。


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