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遊牧史 I 匈奴敗走す  作者: 神箭花飛麟


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4/5

逼塞と躍動

ボグドは鬱々としつつ、冬へ入ろうとする草原へと逃げ延びていた。

夜営に入った。

自軍の戦士は恐怖に怯えてはいないが、明らかに落ち込んでいる。

トルゲルも元気がない。

「結局この戦いは時間稼ぎだったんでしょうか」

「そうかもな」

「匈奴は、もう」

そう言い、トルゲルは首を振った。

「大丈夫だ。トルゲル」

「なぜですか」

「俺が、父上の後を継いだ時、必ず中華のものを叩き潰す」

トルゲルの顔に微かに希望が見えた。

「我らの始祖、淳維が言われたようにだ」

「しかし、それは未だ成されていません」

「なら、俺がやれば良いじゃないか」

ボグド、いや匈奴の運命が決まった瞬間だった。

その時、前が見えなくなった。


「殿!殿!」

なぜ横になっている。

「緊張が抜けたのでしょう。倒れられました」

体力が限界だったのか。

「傷が開いています。ここに数十騎を残し、大殿は先に北に行かれました。」

父に再び憎悪が沸く。

「巫術を為す者を呼びました。しばらく安静にしてください」

トルゲルと入れ替わるように女が入ってきた。まだ若い。

「ボグド様」

「なんだ」

「あなたが今、中華に南下できないのはお父上のせいではありませんか」

「なぜだ」

「なぜなら、お父上の手腕がないせいで、匈奴が結束できず、弱いせいでしょう」

「うるさい。黙って巫を為せ」

「私は淳維の子孫です」

女が囁くように喋ってきた。

「は?」

「系譜も残っています」

「ならなぜ今巫術などをしている」

「私にはその才能があっただけです」

「兄弟はどうした」

「今回の戦で全員死んだようです」

ボグドは黙った。

「なぜ、そいつらは言わなかった」

「将才などなかったので、父が言いませんでした。私にはなぜか言ってくれましたが」

「その、父親は」

「親はすでにいません」

女が顔を近づけた。妖艶な顔をしていた。

「私と組み、トゥメンを討ちませんか」

ボグドは頷いていた。

「あなたの元に命令が来ているようです。まだトルゲル殿は言っておられませんが」

「なんだ」

「月氏へ人質へ行くように、という」

ボグドは憤怒が再び止まらなくなる。立ちあがろうとした。

「ボグド様、ご安静に」

女に抑えられる。

「お前の名は、なんだ」

「ナーミャンです。漢名は、奈明」

「いくつだ」

「十七です」

「若いな」

全くそうは思えない。

「ナーミャン。俺の妻となれ」

手を天に掲げる。

「匈奴は、この世界で最強だ」


トゥメンは悔しがっていた。

匈奴が弱っているのを見た西の月氏が人質を送り、服属するよう求めてきた。

人質として送れるのは、正直まだずっと幼い末子のセルガを送るより、成長したボグドを送る方がまだ安全だと、そう信じようとした。

「ボグド、すまない」

ボグドには感謝しかない。時間を稼いでくれたおかげで、トゥメンと民は全て逃げることができた。

「帰ってきたら、位をそろそろ譲らねばな」

独り言を言い、トゥメンは馬首を巡らせた。

今は草原での冬越しの方が重要だ。


「ナーミャン。父をどう討つつもりだ」

月氏は屈強なボグドを見て、ナーミャンを連れることを黙認してくれたらしい。

だが、さすがに制限はあり、十日に一度くらいしか外出はできなかった。

武術に生きてきたボグドは暇で仕方なかったので、よくナーミャンと話していた。

「どうやら、トゥメンの配下は月氏を討つ動きを見せているようです」

ボグドは絶句した。

人質を献じた国に攻め込むなど、その人質を殺せと言っているようなものだ。

「それは、どこで知った」

かろうじて言葉を絞り出した。

「知らなくてもいいでしょう」

ナーミャンは微笑んだ。

この女め。

「それは、確かか」

「おそらく」

父は、俺を認めないのか。セルガがそんなに可愛いのか。

「なので、厩で駿馬を見繕っておいてください」

「逃げれるようにか」

「はい」

「わかった」

ボグドは、しばらく東を眺めていた。

それをナーミャンは相変わらず微笑んで見ていた。


月が出ている。

「大殿には秘密で、月氏を打ち倒す」

トゥメンの配下であるレリャンは言った。

もと月氏におり、長が変わった時に対立し、逃げてきた。

「大殿も月氏の勢力を減らせ、我々が飛躍できたと知ったら、必ず許してくれるはずだ」

「しかし、ボグド殿はどうする」

「人質に送った時点で大殿は見限っておられるだろう」

レリャンは苦笑した。

四千騎を極秘で集めた。全て、自分が月氏にいた時からの配下である。

月氏は人質を送られたほどだから、必ず油断している。

これは、勝てる。

「進発」

匈奴のために、俺は勝つ。


馬蹄の音で起きた。

「ナーミャン!」

「起きています」

「行くぞ」

「はい」

「トゥメンの野郎」

ボグドは吐き捨てた。

扉を開け、守衛を後ろから襲い、剣を奪う。

周りの敵をなるべく静かに薙いでいく。

すぐに厩まで辿り着いた。

目をつけておいた駿馬は、いた。

飛び乗った。

裸馬であろうと、匈奴の男は乗れる。

「ナーミャン!乗れるか」

「もちろんです」

優雅な身のこなしで軽々と裸馬に飛び乗った。

あまり信じられない。

「ボグド!ボグドはどこだ!」

月氏の声がした。

「行くぞ」

「どこまででも」

闇は、味方だ。


ボグドは命からがら匈奴へと帰還した。

月氏の将軍にナーミャンから手を回しておいたおかげで慢心していたレリャンは惨敗した。

もと月氏の兵だったからか、帰ってくる兵もいなかったと言う。

父は何度か謝りに来ようとしたが、全て無視した。

その後二年が経ち、ナーミャンとの子供も生まれ、ボグドは幸せだったはずだった。

「あの駿馬を殺してください」

「え?」

「月氏で拾った馬です」

「なぜだ」

「未だトゥメンに忠誠を誓う者は多いです」

「そうだが」

「そのためにまずはあの馬を殺してください」

「なぜだ?」

「その次に私を殺してください」

「は?」

この小娘は本当にわからない。

「私を殺せるなら、トゥメンなど赤子が手を捻るように殺せるでしょう」

「んん??お前それ、本気か?」

ナーミャンを見つめた。

「はい。子も生まれたのですし、もう十分でしょう」

頭が混乱していた。


一晩考え、父を殺し、単于の座を奪うにはそれしかないことをボグドは理解した。

朝が来た。

恐怖を持って支配することが、最も強くなる方法だとナーミャンは教えてくれた。

あの野郎め。

「トルゲル。二十騎を集めろ」

「はっ」

トルゲルに命じた。

音の鳴る矢、鏑矢を三つ持つ。

麾下の二十騎が集まった。

「今から、私が射るところを射ないものは、斬る」

「はっ」

駿馬を狙う。

配下に若干ざわめきが走る。

鏑矢で頭を射貫いた。

馬が暴れる。

「殿」

「射ろ」

これは、匈奴のためだ。

射ないものが三人いる。

それらをすぐに斬った。

配下が鎮まる。


家の前に来た。

すでに待っている。

「ナーミャン」

「殿、ここが正念場ですよ」

「すまない」

胸を射貫いた。

ナーミャンは、死ぬ時も微笑みを崩さなかった。

トルゲルは、射ていなかった。

「言ったはずだ」

首を飛ばした。

子供の泣く声が聞こえたが、振り向かなかった。


「乗馬」

配下の十六騎に命じた。

父は今呑気に狩りをしているはずだ。

森へ音を立てずに向かう。

父が見えた。

鏑矢を引き絞る。

「ボグド」

父の声。

なぜだ。

「お前は、私を殺すか」

「そうだ」

「よかった」

父は微笑んだ。

「私は、長く生きすぎた」

手を離した。

胸が射貫かれる。

一騎だけ、射ていなかった。

別の配下が、首を飛ばした。


「父上、ナーミャン、トルゲル、アンゴト」

剣を空に翳した。

「お前たちは忘れない」

配下も剣を翳す。

「匈奴を、最強にする」

ボグドは宣言した。

「ついてくるな?」

「はっ」

ここに、冒頓(ボグド)単于が生まれた。

「匈奴を、最強にする」


空を、鷹が舞い、雲がたなびいていた。

まだ誰も知らない。

匈奴の真の時代が今、始まったことを。

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