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遊牧史 I 匈奴敗走す  作者: 神箭花飛麟


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3/5

弱くとも

オルドスの草原に、蒙恬の軍が迫っていた。

ボグドは二万の兵を率いて、丘の上から秦軍を見下ろしていた。

30万。

地平線まで続く軍列を見て、部下のアンゴトたちが息を呑んだ。

「殿、これは...」

「戦う」

ボグドは短く言った。

「父上と民を逃がす時間を稼ぐ。全軍、弓を構えろ」

匈奴の騎兵が一斉に弓を取った。

秦軍の前衛が射程に入る。

「放て!」

矢の雨が降り注いだ。

秦の兵が次々と倒れる。しかし、彼らは怯まない。盾を構え、じりじりと前進してくる。

「再び放て!」

二の矢、三の矢。

だが、数が違いすぎた。

秦軍の弩兵が反撃してくる。匈奴の騎兵が馬から落ちた。

「退け!一旦退いて、立て直す!」

ボグドは馬首を巡らせた。匈奴の強みは機動力だ。正面からぶつかっては勝ち目がない。

撤退を偽装し、秦軍を小道に誘った。

だが、蒙恬は引っ掛からなかった。

「匈奴の罠だ。進むでない」

歴戦の将軍は、怯まなかった。


二日目。

ボグドは、アンゴトたちと共に、秦軍の中央まで突っ込み、分断する作戦を立てた。

匈奴は人数は多くない代わり、一人一人がそれぞれ強いのだ。

秦軍と戦う自軍を哀れに思うほど、秦は大軍である。

ボグドは、五百騎で突撃を敢行しようとしていた。


蒙恬は少し匈奴軍のおかしさに気付いた。

「王離よ」

副官に言った。

「はっ」

「ボグドがいるはずのところに、覇気がない」

「私も思いました」

「突撃だな。誘い込み、押し包むよう伝令」

「はっ」

ボグドよ。

若いだけでなんでもできるというわけではない。


ボグドは秦軍に突っ込んだ。

感触が思ったより良い。

いつのまにか囲まれた。

これは罠か。

「アンゴト!共に逃げるぞ」

「匈奴の男は、死ぬ時が一番美しくなければならない。と、昔大殿に言われましてね」

父がそんなことを。

「アンゴト!やめろ!」

ボグドは一瞬そこに武神というものを見た気がした。

まるで棒のように秦軍が(くずお)れていく。

もう、匈奴軍は半分もいなかった。

秦軍と父に対して自分でも制御しきれないほどに怒りが湧いてきた。

ボグドは暴れた。


「殿!殿!」

ここはどこだ。

戦場ではないのか。

全身が痛い。

「よく生きておられました。肩と両腿を貫かれていて、あまりにも血が多いから目を覚まさないこともあると言われまして」

もう1人の副官のようなトルゲルが言った。

「アンゴトは、どうした」

「討たれました。帰ってきたのも五十騎余りです」

「蒙恬の野郎」

ボグドは天に向かって唾を吐いた。

ボグドの中に、中華への激しい憎悪と父に対する反感が生まれた。

「夜襲する」

「では、将は誰に」

「俺が行く」

「…」

トルゲルは黙った。

ボグドが物を言わせぬ顔をしていたのだ。

「今の兵力はいくつだ」

「1万騎余りかと」

「精鋭の二千騎を選び、2時間後に進発する」

「はっ」


蒙恬は首を傾げた。

「ボグドは三日は安静にしておかねばならぬほどの傷を受けたのだろう」

「えぇ、そのようですが。どうかされましたか」

「戦場が騒がしい」

「配下が夜襲の準備をしているのではないですか」

「違う」

蒙恬はかすかに騒がしい草原を眺めた。

「若々しい愚かさの匂いがする」

「そうですか」

「4万ほど兵を起こせ。馬には枚を噛ませろ」

「はっ」


ボグドは一敗地に塗れた自分を恥じていた。

しかも父のせいで失わなくていいアンゴトをも失ったのである。

「トルゲル」

「はっ」

「準備はできたか」

「抜かりなく」

馬に枚を噛ませ、30万の大軍を起こさぬよう、二千騎は進発した。


「伝令!匈奴軍が夜襲!将はまたもボグドです」

「やはりな。起こしておいた四万を持って、迎え撃て」

蒙恬の目が光った。

「今度こそ、容赦はするな。ボグドを討ち取れ」

「はっ」


「秦軍は、起きていたのか」

ボグドは強い気を感じた。闇のおかげか、いつもでは考えられないほど落ち着いていた。

「全軍に伝令。枚を外せ。蒙恬の陣を目指し、突き刺せ」

トルゲルに命じた。

「はっ」

阻もうとするなら、引き返しはしない。迂回もしない。

ただ、突き破るだけだ。


「ボグドもやるな。さすがは草原の男だ」

「敵を誉めている場合ではありますまい」

王離がたしなめた。

「わかっている」

ボグドとの間には百騎ほどしかいなくなっていた。

「馬を出せ」

「将軍、それは」

「聞くな」

久しぶりに、こんな敵と会う。

「誰にも、手は出させるな」


「ほう、老人でも馬に乗れるのか」

「舐めた口を叩くな、小僧」

双方が騎乗し、向かい合っている。

局地的な戦闘はあるが、昼と比べて考えられないほど、戦場は静まっていた。

「蒙恬、お前はなぜそんなにも秦に、王に愚直なのだ。自由に生きれば良いだろう」

「私は、嬴政という人に惹かれた。それだけだ。他の理由はない」

「愚かな。力こそ全てだ。力で強いものをひれ伏させるほうがいいに決まっている」

「若いな、ボグド」

数十個の篝火が燃えている。

「まだ、お前にはわからぬ。いや一生わからないかもな」

ボグドの目は闇の中で光った。

「わからなくとも構わない。いずれにせよ、こんな語らいは無用だ」

「若造が」

二人は駆け出した。

馳せ違う。

蒙恬は全く老いを感じさせないように見えた。

馬首を巡らせる。

どちらも、ほぼ同時に雄叫びを上げた。

駆け出す。

斬り合った。

胸をやられた。足を斬ったはずだ。

ボグドは振り返った。

もう、意識は遠くなった。


出陣から三日間、ボグドは無理やり戦い続けた。

奇襲、夜襲、偽装退却。匈奴の戦術を全て使った。

しかし、秦軍は崩れない。

ボグドの体力も限界に達していた。

蒙恬・王離が冷静に対処し、包囲網を狭めてくる。

劣勢は、覆しようもなかった。

「ボグド様、もう限界です!兵はもう七千しかいません!」

トルゲルが叫んだ。

ボグドは唇を噛んだ。

「...退却する。黄河まで退け」


黄河のほとりに、敗走する匈奴の兵と民が集まっていた。

トゥメンが先に渡河を始めている。

瞬間、怒りで狂いそうになったのを押しとどめた。

老人、女、子供が先だ。

「ボグド!」

トゥメンが岸から叫んだ。

「よくやった!早く渡れ!」

ボグドは頷き、殿軍を務めた。

背後から、秦軍の黒い旗が見える。

「急げ!」

最後の兵が渡り終える。

ボグドも馬で黄河に入った。冷たい水が体を浸す。

振り返ると、蒙恬の軍が岸に到達していた。

せめてもの抵抗で、狙いを定め、射った。


蒙恬は黄河のほとりに立ち、対岸を見た。

匈奴は逃げた。オルドスは秦のものとなった。

「将軍、追撃しますか?」

王離が問うた。

蒙恬は首を横に振った。

「いや。ここまでで十分だ」

「しかし...」

「匈奴は草原の民だが、北の草原で冬を迎えるのは相当厳しいと聞く。苦難を味わうだろう。我らが追う必要はない」

その時、蒙恬の目の前に一本の矢が飛んできた。

振り返って必死に狙いを定めたのだろう。

「将軍!」

「大丈夫だ」

蒙恬は空を見上げた。

秋の風が吹いている。もうすぐ冬が来る。

「王離、損害はどうだ」

「7万余りですね」

「胡軍もやるなぁ」

「陛下は許してくださるでしょうか」

「知らん。お前がなんとかしろ」

王離が途端に不機嫌な顔をした。

「さて、長城を繋げ。二度と南下させるな」

「御意」

蒙恬は踵を返した。

勝利だ。

損害などどうでもいい。

始皇帝は喜ぶだろう。

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