遊び牧う
紀元前1600年-夏王朝首都・陽城
全てが燃えていた。
煙臭くて起きると、夜襲されたようだ。
「淳維様、淳維様!」
誰かが扉を叩いている。
「これは、どうしたことだ」
「逃げるしかありません。」
従者の朱林が震えている。
老人が部屋に来た。何らかの気を感じる。
「桀の子供か。」
「そうだが、殺すか?」
「子供を殺すほど、わしは愚かではない。」
「なら、幽閉か?」
「いや、北へ行け」
「北?」
「2度と中華に帰るな」
「言われなくても行くぞ。おい、朱林」
「屈強な男を10人ぐらい与えてもいいぞ」
「情けは無用だ」
「ふむ」
「湯といったか」
「そうだ」
「必ず、俺の子孫がお前か、お前の子孫を殺す」
湯の目に束の間、光が宿った。
「やってみろ、小僧」
淳維は踵を返した。
朱林がおろおろとついてくる。
「李俊!来い!」
もう1人の従者を呼ぶ。
「はっ」
宮殿を抜けて、厩に行こうとした。
「淳維よ」
淳維を呼び捨てで呼べる人間など、今は1人しかいない。
「桀王!」
朱林が驚いた声を上げる。
「介錯しろ」
「父上、それは」
ここはいくら愚かな父でもそれは無理な願いだ。
「やれ」
「俺がします」
李俊が言った。
「ならん!淳維がやれ」
生まれた時から遊んでいるようにしか見えなかった父が、語気を強めた。
「御意に」
剣を持つ。
父が胡座で座る。今までどこに隠れていたのか。
湯の兵士が遠巻きに見ている。手を出すなと言われたのだろう。
「何かありますか」
「淳維よ」
「います」
「北へ行き、覇者になれ」
「言われなくとも」
「ならいい」
もう、宮殿はほとんど灰になっていた。
「湯を討て」
「御意」
剣を振り上げた。
首が落ちる。
あっけない死だった。
「朱林、李俊、行くぞ」
「はっ」
厩に出る。
今までこんなことがあろうかと鍛えていた。
「殿下はまことにまだ14歳とは思えません」
「うるさいぞ、朱林」
煙で空が見えない。父は一体どれほど広壮な宮殿を建てたのか。
疾駆を始めた。朱林がなんとかついてくる。
後ろは振り返らなかった。
ここに、匈奴は生まれた。
また悠久の時が経ち、匈奴は19の部族に分かれつつも、始祖「淳維」の名の下に結集し、華北の中華の地を脅かし続けていた。
そう言われてはいるが事実、淳維の子孫を、基本的に李俊と朱林の子孫が支える形だったが、実力主義の草原は頻繁に内紛を繰り返していた。
トゥメン自身、朱林の子孫である。李俊と淳維の子孫は今は行方は知らない。
しかし、とにかく匈奴は人が少ない。まだ、中華がいくつかの国に分かれているからいいものの、もし、統一され、略奪を続ける匈奴に大軍を送ってくると考えると背筋が凍る思いがする。だが、それを周りのものに伝えても誰も取り合わない。
「500年も分裂しているのですよ」と言って苦笑される。
分裂があるなら統一もあるではないか、と思う。
まあそれを単于をしている自分が言うと威厳がないから仕方ない、とも思う。
指導者は孤独だ。
戦国四大名将と目される趙の将軍・李牧に散々に打ち破られてから13年が経つ。
あのとき、30代だったトゥメンはなんとか逃げ延びた。
趙に内附したり、東の東胡、西の月氏に逃げる物も多くいた中で、なんとか匈奴をまとめ上げ、今の状態まで回復させた。
今、長である単于を名乗り、統治者然とすることができている。
しかしまだまだ趙や他の国々に比べればもっと弱い。
「トゥメン様」
情報を集める者の声がする。
「李牧がまたも秦を打ち破ったようです。趙はしばらくは安泰かと」
情報を集めていることは臣下の誰にも伝えていない。臆病だと思われるからだ。
「秦は最近よく軍旅を催すな。昭王の再来か。国力が持つかな」
素直に言って李牧にまた草原に来られては今度こそ壊滅なので、秦には間接的に感謝している。
「政、という若い王がいるようです。昭王の曾孫だということです」
手で払う。
気配がすぐに消え、地の海に消えた。
馬首を回した。最近やっと生まれた子供を久しぶりに見たい。
名は、まだ考えていない。
我が子として生まれるのだから、きっといい素質を持って、優れた王になるだろう。神性を持っているかもしれない。
何かが天から降ってきたように感じた。
神聖を意味するボグドと名付けよう。
空を見た。
星が煌めいている。
それからまた時が経った。
ボグドは成長し、馬を上手く操り、騎射や馬上戦闘の技術を磨いていた。
19歳になり、だんだんと実力を認められ、後継者としても育ちつつあった。
しかし、13歳の時、今まで西方に逼塞していた秦が、驚くべき速さで中華統一を成し遂げた。
そこから5年余り、蒙恬という秦の将軍が匈奴の略奪を防ぐため、前線に駐屯し始めてから、匈奴はほぼ略奪しに、南下することができなくなっていた。
トゥメンは思い悩んでいた。
このままでは、貧しいまま何も奪えず、衰えていくのみである。
ボグドは本当は優れた子供だと理解しているが、反抗期に入ったのか、滅多に父の前に姿を現さなくなっていた。やはり最近生まれた末子のセルガの方が可愛くもあり、後継ぎに思い悩んでいた。
もう、60歳になる。
子供が遅くまで生まれず、生まれた時はほっとしたが、こうなってみると赤の他人に譲る方が楽だとも思えてきた。
前方の丘で朝の日の出を従者と共に眺め、思慮に耽る時間がトゥメンは好きである。
「トゥメン様!大変です!」
珍しく情報の任務についている者があまり気配を消さず、息を切らして駆けてきた。
「何だ、どうした」
「蒙恬が軍旅を催しました!」
「数は」
「30万にのぼるかと」
30万、か。
匈奴の兵を今全て集めても2万がやっとだろうか。
右手を挙げた。
「ボグドに伝令」
「はっ」
従者が答えた。
「全軍を招集し、お前が蒙恬にぶつかれ。私は民を連れて北に逃げる」
「北とは、どこまででしょうか」
情報を集める者が聞いた。
「漠北まで行くか、淳維殿」
そこにいるはずもない始祖・淳維に呼びかけ、トゥメンは踵を返した。
ボグド、お前に賭けたぞ。
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