41 王妃殺害
午後の光が、銀灰宮の窓からやわらかく差し込んでいた。
私は窓辺に立ち、庭の木々を眺めていた。初夏の風が、葉をゆらしている。
静かな午後だ。
「そろそろ、お茶の支度をしましょうか」
そう言って振り返ると、侍女が小さく頭を下げた。
今日は久しぶりに、私自身が菓子を焼いた。
レーズン入りのバターケーキだ。小さな型で焼いた。
実家は貧乏だったから、バターが少ないレシピだ。だけど、弟はお気に入りだった。
小さな一人一個のケーキを見て目を輝かせていた。
『これってまるごとですよ。贅沢ですよ』
そう言って笑った弟に、父も母も笑った。
あの頃は、家族で食卓を囲むのが当たり前だった。
誕生日には、生クリームを絞った。
喜ぶ弟。食べさせるわたしも喜んだ。あの日は二度と戻らない。
王子たちは、生クリームがあるのが当然だと思っている、ああいう暮らしは知識としては知っているだろうが、実感はないだろう。当人たちは意識してないが、生まれながらの王子様だ。
「母上?」
声に顔を上げると、ウィリアムがテーブルの前に立っていた。
黒髪の王子は、皿の上のケーキを見つめている。
「これは……母上が焼かれたのですか?」
「ええ。久しぶりにね」
そう答えると、ウィリアムは少し嬉しそうに微笑んだ。
「わたし、これが好きです」
フォークを手に取りながら言う。
「なんとなく、懐かしい気がするのです」
「そう?」
「ええ。不思議ですね」
その顔の弟が重なった。似た所はないのに不思議だ。
そして、弟を思い出しても涙ではなく笑いが出るのも嬉しい。
そこへ、扉が開いた。
「ここは読書がはかどる」
金髪のアレクが入ってくる。
その後ろから、銀髪のマイクも顔を出した。
「本当ですよね」
マイクは軽く笑う。
「王子の特権で怠けたいところですが」
「怠けるな」
アレクが笑いながら言う。
三人が揃うと、部屋が急に賑やかになる。
私は椅子に座り、彼らを眺めた。
——この子たちは、いつまでこうしていられるのだろう。
そんなことを考えた、その時だった。
廊下の向こうで、慌ただしい足音が響いた。
侍女が駆け込んでくる。
顔が青い。
「銀灰妃殿下……!」
息を整える間もなく言う。
「王妃殿下の宮で騒ぎが」
部屋の空気が止まった。
「陛下も急ぎいらっしゃるとのことです」
言い終わる前に、アレクが立ち上がった。
「参りましょう」
落ち着いた声だった。
「わたしが母上とご一緒します」
そして弟たちを見る。
「マイク、ウィリアム。先に行け」
二人は一瞬だけ顔を見合わせ、すぐうなずいた。
「わかりました」
「先に状況を見ます」
二人は部屋を出ていく。
私はゆっくり立ち上がった。
「……王妃の宮で騒ぎ?」
胸の奥が、わずかに冷えた。
アレクがわたしの手をとった。
「母上、急ぎましょう」
王妃の宮に着くと、すでに人が集まっていた。
侍女たちが慌ただしく動いている。
「母上」
マイクとウィリアムに声をかけられた。
「状況は?」
アレクが聞く。
マイクが答えた。
「二人とも刺されていますが、凶器がありません」
「は?」
とおもわず声が出てしまった。
ナイフがない?
マイクは続ける。
「ナタリーが王妃殿下を殺して、自殺した可能性が高いようです」
「なるほど……」
アレクが考えながら、相槌を打った。
「だが、凶器がない。それに部屋は鍵がかかっていたそうです」
とマイクが続けた。
「はい?」
思わず声を出してしまった。
「はい、母上、鍵がかかっていて、鍵を壊して中にはいったそうです」
とマイクはわたしとアレクに向かって静かに言った。
「以前、銀灰宮で侍女が首を吊った件、覚えておいでですか」
とマイクが言った。
「えぇ……可哀そうに」
「あの時、踏み台がありませんでした」
私はゆっくり息を吐く。
「……そうだったわね」
「それに」
マイクは少し言い淀む。
「これは母上には内緒にしていたのですが」
アレクがちらりと彼を見る。
「父上が襲われた日、侍従が一人、死んでいます」
「あの時は大勢……」
「それがその侍従は」
マイクが言葉を選びながらゆっくりと続けた。
「喉を切り裂かれていました」
「喉を?」
「知らせに走ったところを、襲撃者が殺した可能性があります」
「だが」
次はウィリアムが静かに続ける。
「殺し方が……妙なのです」
その時、背後から重い足音が響いた。
陛下が、国王ネルソンがこちらへ歩いてくる。
彼の目はなにも写していなかった。
三人が、彼を獲物だとみている目つきを写していなかった。
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