40 王妃の宮で アレク目線
アレク目線
マイクに腕を引かれて、わたしは王妃エミリーの宮へ向かった。
「兄上、引きずられてください。今日は沈んだ顔が必要です」とマイクが小声で言う。
「……本当に引きずるな」とわたしは低く返した。
廊下は明るい。王妃の宮は、いつ来ても静かで、磨き上げられた床に靴音がよく響く。
侍女が名を告げると、奥から王妃が現れた。
「まあ……アレク」
わたしは深く頭を下げた。
「国王陛下をお守りできませんでした。申し訳ございません」
声は抑えた。だが、本心も混ざっている。間に合わなかったのは事実だ。
王妃は一瞬目を伏せ、それからゆっくりとうなずいた。
「あなたのせいではありません」
「いえ。わたしが早く気づけていれば」
そこでウィリアムが、椅子から立ち上がった。
黒髪、青い目。相変わらず整った顔で、柔らかく微笑む。
「兄上、もう十分です」
その声は優しい。
「父上は、兄上を責めてなどいません。兄上は駆けつけた。それだけで十分です」
わたしは目を伏せる。
「だが、結果は」
「結果は、計画した者の責任です」とウィリアムははっきり言った。
その言葉に、王妃の目がわずかに揺れた。
マイクが、横で軽く息をつく。
「兄上は真面目すぎるのです。だからこそ、わたしたちは兄上を支えます」
その言い方は、どこか芝居がかっている。
わかっている。今日は三人で来た理由がある。
そのとき、侍女ナタリーが茶を運んできた。
金縁の磁器に香りの良い紅茶。
「失礼いたします」とナタリーが言うと
マイクが、やわらかく微笑んだ。
「ありがとう、ナタリー。今日の茶は香りがいいね」
ナタリーは頬を赤らめる。
「恐れ入ります、マイク殿下」
王妃の視線が、ほんの一瞬だけ鋭くなるが、マイクは続ける。
「ナタリー、君はどんな色が好きなんだい?」
「え……わたくしは、紫が好きでございます」
紫と聞いて、王妃はわずかに息を止めた。
「紫か。確か?」とマイクがウィリアムを見て笑う。
ウィリアムが、にこりとする。
「ああ、紫はいい」
その目は、どこか楽しげだ。
ウィリアムとナタリーが同じ時間を持った証拠を王妃に示している。
好きな色や好きな花を話題にした時間。王妃が知らない時間。
二人がふと目を見て笑いあう。
その構図が、王妃を刺激するのを見る。
「花は?」とマイクが重ねる。
「……やはり紫の花が好きでございます」
「たとえば?」
「すみれ、でしょうか」
ウィリアムが、心底嬉しそうに笑う。
「すみれは可憐だ」『あなたのように』その言葉が聞こえたような気がする。
王妃の指先が、カップを強く握った。
「ウィリアム」と王妃が言う。
「あなたも、紫が好きだったかしら?」
「さあ。好きな色は、そのときの気分で変わります」
とにこやかに答えた。
「ナタリー、もうよいわ」と王妃が言う。
ナタリーの姿をウィリアムの目が追う。それを王妃が見る。
マイクが、何気なく続ける。
「兄上は、どんな花が好きですか?」
「……特にない」
「『王子は特定のものに執着してはならない』ですか? わたしもそう教えられました。おじい様から」
「マイク、お前は?」
「わたしは、紫と銀が好きです」
王妃の腹から生まれたマイク。銀の髪に紫の目。
彼女の頬が、わずかに強張る。
ウィリアムが、穏やかに声をかける。
「母上」
その呼び方に、王妃の目が輝く。
「なあに、ウィリアム」
「今日はアレク兄上を慰めに来ただけです。どうか兄上を責めないでください」
「責めてなど」
「母上は優しいお方ですから、我慢なさる」
わたしは、静かに頭を下げた。
「王妃殿下、これで失礼いたします」
立ち上がると、マイクも立つ。
「わたくしも。ウィリアムはもう少し甘えていいぞ」
「兄上、ありがとうございます」
ウィリアムは王妃の隣に座りなおした。
わたしとマイクが部屋をでるとナタリーが様子を見ていた。
「ナタリー。ウィリアムを頼む」と言うと
少し涙ぐんだ目で頭を下げた。
宮を出た瞬間、マイクが小さく笑う。
「よく効いている」
わたしも
「紫は効く」
と笑った。
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




