38 王妃の所で
王妃エミリー目線
その日も、わたしは自分の宮で静かに過ごしていた。
父であるサンダース侯爵が向かいに座り、世間話をしている。今日はウィリアムがいることに小言を言わない。珍しい。
別に来なくてもいいのに、うっとうしい。大嫌いだ。
でも、せっかくウィリアムが来ているのだ。父のことなんか気にしない。
ソファではウィリアムが目を閉じている。規則正しい呼吸。まるで子供のころに戻ったような寝顔。
「ここだと、安心出来るのね」
寝顔に語り掛けた。
「ええ、本当に穏やかなお顔です」
侍女が、得意げに言った。
なに?お前に話しかけてないわよ!
「今日は、このお花を飾っていてよかったですね。紫のお花がお好きだとおっしゃっていました」
その侍女が、花を見ながらそう言った。
わたしは視線をゆっくりと花に向ける。
紫の花が、窓辺で揺れている。
「……紫が好き?」
わたしは、声を押さえて問い返した。
「はい。以前、そうお話しされておりました」
侍女は少し得意げにうなずく。
胸の奥が、ひやりと冷えた。
あの子が、紫の花を好むなど、わたしは知らなかった。
どうして、わたしではなく、この侍女が知っているの。
ウィリアムはわたしの宮に来る。わたしの前で笑う。わたしに甘える。
それなのに。
わたしはゆっくりと扇を閉じた。
「そう。よく覚えているのね」
声は柔らかい。だが、自分でもわかるほど冷えているが、侍女は気づかない。
「はい、何気ないお話でしたが」
ふたりで何気ない話をしたのか?
わたしの知らない場所で、わたしの知らない顔で。
サンダース侯爵が、ちらりとこちらを見る。
「紫は高貴な色でございますな」
侯爵の言葉に、わたしは微笑む。
「ええ、王家にふさわしい色ね」
けれど、内側では別の声が渦巻いている。
「ウィリアムが気軽に話せる。さすが王妃殿下の宮だ」
父は、侍女に微笑みかけた。
わたしはそっと立ち上がり、紫の花に触れた。
花弁は柔らかい。
「今後も、紫を飾りなさい」
そう命じる。
「かしこまりました」
侍女はうれしそうにうなずく。
その顔が、癇に障る。
お前が知っているという事実が、許せない。
わたしの宮で、わたしの子のように眠っているウィリアム。
その好みを、なぜ他人が先に知るの。
わたしは眠るウィリアムを見下ろす。子供の頃の寝顔と同じだ。
わたしというより、兄たちといる時間が増えて寂しい。
この子は、わたしのものではない。この子もわたしの元から去って行く。
それでも、少なくとも、ここにいるときは、わたしの宮の子だ。
そのとき、遠くで何かがざわめいた。
王宮で騒ぎは、珍しい。なにか、あったのか?
ウィリアムが目を覚まさなければいいが……
わたしは顔を上げて、花を見る。
あの女の目の色の紫。
今まで飾ったことはなかった。
あの女を思い出すから。わたしの色だった紫。それをあの女が奪った。
この侍女は、いずれ外す。
わたしの知らないことを、知っている顔で語る者は、この宮に要らない。
あの女の色を持ち込んだ女。
ウィリアムの好きな色は、わたしが決める。
そう、心の中で固く誓った。
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




