35 ガルシアの盗み聞き
銀灰宮へ向かう回廊は、今日も明るい。
高い天窓から落ちる光が、大理石の床を白く照らしている。侍女たちが二人一組で行き交い、布の擦れる音が細く続く。笑い声もあるが、どこか遠くで聞こえる。
わしは杖を軽く鳴らしながら歩いていた。
今日は銀灰妃のところへ遊びに行こう。俺に気がありそうな侍女もいるしな。
最近アレクが執務を習い始めたが、銀灰宮でピリピリしていると聞いた。少し話を聞いてやる。
そのときだ。
少し先、柱の影に、見慣れた背中があった。
背筋を伸ばした立ち姿。仕立てのよい外套。無駄のない動き。
サンダース侯爵だ。
その横に、銀灰宮付きの若い侍女が胸にすがるように立っている。なに? メリーベルじゃないか! サンダースのやつ。メリーベルに手を出すとは。
侯爵は周囲を一度見回した。今更、警戒しても無駄だ。見つけたぞ。
わたしは足を止めた。
視線を逸らし、壁際の花瓶に近づく。飾り花を眺めるふりをしながら、ゆっくり距離を詰める。
廊下の角。柱と柱のあいだ。音はよく響くが、位置を選べば死角はある。
わたしは柱の影に身体を滑らせた。
侯爵の低い声が、わずかに届く。
「いいか、知らせが来たら、マイクに内緒だ」とサンダース侯爵が言う。
「マイクは銀灰宮から出したくない。ネルソンがいるはずだが、信用できない」
ネルソンがいる? どういうことだ?
その名に、わたしの耳がぴくりと動く。
侯爵は続ける。
「だからお前に頼む。ガルシアもその日は銀灰妃のもとに遊びにくる。ガルシアとネルソンとお前で、マイクを留め置け」
……わたし?
なにがあるんだ? なにをするつもりだ?
知らせ。
その日。
留め置く。
侯爵の声は続く。
「余計なことはするな。ただ、動かすな。わかったな。メリーベル」
「はい」と侍女が小声で答える。
足音がわずかに動いた。
わしは即座に反対側へ身体を引いた。視線を下げ、袖口を整えるふりをする。
侯爵と侍女が別方向へ歩き出す。
すれ違う侍女たちの間を、侯爵は何事もなかったかのように通り抜けていく。
わしは、その背中を見送った。
廊下の奥では、若い侍従が書簡を抱えて走っている。
銀灰宮は、そんな思惑など関係ないように今日も賑やかだ。だが、今聞いた声は、賑やかさとは別の温度を持っていた。
マイクを出さない。なぜだ?
ネルソンを信用できない。そうだろうな。
わたしを使う。信頼されているからな。
つまり――なにか起きる。いや、起こす。
どこでだ?
出されたお茶を飲みながら、考える。
さっそくアレクがやって来た。
「大叔父様、聞いて下さい」
「執務の勉強を始めたと聞いたが、どうしたんだ?」
◇◆◇◆◇
「やっぱり、大叔父様です。さすがです。聞いて下さいましてありがとうございます」
と言うとアレクは剣の訓練に行くと出て行った。
もし、マイクを留め置く理由が「危険」なら。
その危険は、どこに向かう?
侯爵はネルソンを信用していないと言った。
だが、わたしを巻き込むということは、わたしが利用しやすい駒だと思っているのだ。
鼻で笑う。
利用するのは、どちらだ。
清い目をした王子たち。清いだけでは生き残れない。
そして、水面下で動く侯爵とネルソン。
だが、最後に勝つのはこのわたしだ。
その日、本当に血を流すのは誰なのか。
わたしはまだ、知らない。
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