32 王妃の嫉妬
王妃目線
銀灰宮に三人の王子が住むと決まった日、わたしは正面から抗議した。
王妃として当然の権利だと思った。
王の子らは王妃のもとに集うもの。
それが、なぜ銀灰妃の宮なのか。
だが誰も耳を貸さなかった。
国王クリフは沈黙し、宰相は形式論を述べ、貴族たちは目を逸らした。
そのとき、わたしのもとにやって来たのがサンダース侯爵だった。
「王妃殿下」
低く抑えた声。
「マイク殿下は、あなた様のお子。銀灰宮に置いておく理由はございません」
わたしは視線を上げた。
「マイクよりウィリアムをここに置くの」
「それではなりません。マイク殿下は、わたしどもの血を引いております」
その言葉に、わたしはわずかに目を細めた。
マイクはわたしの子だ。だがら、侯爵家の血も濃い。
父の野心をかなえるのは、あの子だ。でも、あのネズミの銀の髪を持っている。
あの子はいやだ。かわいいのはウィリアムだ。
わたしは唇を引き結んだ。
だが、父は、冷酷に言った。
「あなたは、マイクを呼び戻すべきです」
その言葉は助言ではなく、命令だった。
数日後、わたしは自ら銀灰宮へ足を運んだ。
宮は華やいでいた。
侍女が首を吊ったのに、笑い声が響いている。下品な宮だわ。
あの女の宮が、こんなにも明るい。胸の奥に、冷たいものが広がる。
嫉妬。
それを認めるのは屈辱だが、否定はできない。
廊下の先で、三人が並んでいた。
金髪のアレク。
銀髪のマイク。
黒髪のウィリアム。
アレクは銀灰妃の子。
マイクはわたくしの子。
ウィリアムはジョシーの腹から生まれた。
血は違う。
だが、いま彼らは並んでいる。
並んでわたくしを出迎えた。
「母上」
ウィリアムが一歩進み、うなずいた。
あの子はいつも礼儀正しい。可愛いウィリアム。陛下と同じ黒髪がりりしい。
わたしは柔らかく微笑んだ。
アレクとマイクも礼をする。アレクはともかくマイクは、見たくない。あの女と同じ銀髪が憎らしい。
だが、わたしの目はウィリアムを追っていた。
「ウィリアム、少し話があるの」
わたしは言った。
アレクがわずかに視線を寄越す。
マイクは静かだ。
ウィリアムは穏やかに答えた。
「どのようなお話でしょうか、王妃殿下」
母とは呼ばない。あえて距離を置いてる。周囲に遠慮してるのね。可哀そうに。
「あなたはこちらへ来なさい。ウィリアム。わたしの宮へ。わたしも寂しいの。お願いよ」
「王妃殿下には陛下がいらっしゃいます。わたしがいなくとも安心でございます。ですが、今は銀灰妃殿下にはわたしどもしかいません」
「心配?」
「はい。狼の件、そして先日の毒の件。母上は気丈に振る舞っておられますが、お疲れです」
母上。
その言葉は、銀灰妃に向けられている。
「あなたの母は、あなたを一番愛しているのはわたくしでしょう」
わたしは静かに言った。
ウィリアムの目がわずかに揺れる。
「存じております」
声は変わらない。
「ですが、今、守るべきは、銀灰妃殿下でございます」
わたくしは歩み寄った。
「では、わたくしは?」
空気が止まる。
アレクが微かに動いたが、口は出さない。
ウィリアムはまっすぐにわたしを見た。
「王妃殿下には、恩があります。感謝しております」
曖昧な答え。逃げ道を残す言い方。
「今、返してちょうだい。わたくしも不安なの」
「ただいまは、離れられません」
「なぜ」
「三人でいることが、必要だからです」
はっきり言った。
三人でいること。アレクを中心に。
マイクも、ウィリアムも。わたしはマイクを見る。
「マイク」
銀髪の息子は一歩前に出た。
「はい、母上」
「あなたはどう思うの?」
マイクは一瞬だけアレクを見て、答えた。
「いまは、ここが最善かと」
最善? 誰にとっての?
視線をウィリアムに戻す。
「あなたは、誰を守るの?」
ウィリアムは迷わない。
「兄上方と、母上を」
銀灰妃のことをそう呼ぶのね。
わたしの胸に、冷たい炎が灯る。
サンダース侯爵の言葉がよみがえる。
「マイクを引き取れ。ネルソンは動いている」
わたしは微笑みを取り戻した。
「マイク、ならばせめて、顔だけでも見せにいらっしゃい。王妃の宮を忘れられては困るわ。それにあなたのお祖父様も侯爵も会いたがっているのよ」
「承知いたしました」
完璧な返答。
だが距離は埋まらない。
銀灰宮は明るい。笑い声が響く。
わたしの背後には静寂だけがある。
戻りながら、わたしは思う。
ウィリアムを取り戻す。
あの三人を崩さなければならない。
そのためなら、誰とでも手を組む。
その為にはマイクは父にあげるわ。好きにすればいいのよ。
アレクはネルソンが好きにすればいいのよ。
銀灰宮の灯りが、背後で眩しく揺れていた。
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