29 陰謀
深更妃の宮の空気は、緊張していた。
どこか緩いだらけた宮だが、今日は雰囲気が固い。
三男ウィリアムが、やって来た。
「お母様、なにかあったのですか?」
応接卓にはすでに三人が座っている。
放蕩者と噂される叔父ガルシア。
その隣に、緊張で肩を固くしているゴードン伯爵。
そしてジョシー。
「大叔父様、伯爵様お久しぶりです。頂いた馬は子を為しました。よければサイモンにあげますよ。見に来てください」
サイモンの姿はない。
「サイモンはどうした」
ウィリアムが穏やかに問う。
ジョシーがわずかに笑みを浮かべた。
「無礼な侍女を躾けております」
その言葉に、ウィリアムの目がほんの一瞬だけ細くなる。
「侍女を躾けるのは、主の役目です」
声は柔らかい。だが、温度がない。
立ち上がろうとした瞬間、三人がほぼ同時に動いた。
「たいしたことではありません」
とガルシア。
「子供の教育です」
とゴードン伯爵。
「すぐ戻ります」
とジョシー。
止める手が重なる。空気がさらに重くなる。
その間に、侍女が静かに茶を置いた。
薄い金の縁取りが施された磁器。湯気はすでに弱い。少し冷めている。
ウィリアムはカップを見下ろした。
匂いは茶のいい香りだ。だが、知らせは受けている。
配下のネズミが、厨房での不審な動きを教えてくれた。
いい毒だな、と彼は心の奥で思う。
あとで回収しよう。
表情は変わらない。
「今日は静かですね」
ウィリアムが言う。
「美味しい」
と菓子を食べていたガルシアがとりなすように言った。
そのとき、廊下の向こうから足音が響いた。
勢いのある足音。いきなり扉が開いた。
サイモンが戻ってきた。頬が赤い。興奮している。
「やったぞ」
胸を張る。
「侍女は泣いておった。わたしは正しい」
「ご苦労様、ありがとう」
とジョシーが微笑んだ。
「お母様は生ぬるいのです。あいつらは厳しく扱わないと」
ウィリアムはゆっくりとカップを持ち上げた。
見せつけるように一口飲んでソーサーに戻す。
三人の視線はサイモンでなくウィリアムに向いていた。
ウィリアムが首をかしげて
「なるほどなサイモン。お母様に代わってご苦労様」
声は穏やかだ。
「上に立つのに自ら手を汚す。立派だ。ただし、やり過ぎるなよ」
サイモンの目が輝く。
「オトウサマのようになりたいですから」
部屋の空気が、わずかに動いた。
「オトウサマですか?」
ウィリアムが確認する。
ゴードン伯爵の指先が震える。
「そうだ。お前とは違うんだ」
とサイモンがウィリアムを嘲るように顎を上げる。
そして、ふとウィリアムの手元を見る。
「喉が渇いた。ちょうどいい」
ウィリアムの前のカップに手を伸ばす。
「あ」
ジョシーの声が漏れる。
「それは」
ガルシアの声が裏返る。
ゴードン伯爵が立ち上がるが、遅かった。
サイモンは一気に飲み干した。
喉を鳴らす音がやけに大きく響く。
空になったカップを卓に置く。
一拍。
二拍。
三拍。
サイモンの視線が揺れた。体がぐらりと傾く。
「……あ?」
膝が崩れる。
ジョシーが叫ぶ。
ウィリアムが即座に抱きとめる。
「サイモン」
声は冷静だ。
誰かが悲鳴を上げた。
サイモンの呼吸が乱れる。口の端に泡がにじむ。
ジョシーが泣き叫ぶ。悲鳴が続く。
ゴードン伯爵は蒼白になっている。
ガルシアは一歩後ずさった。
ウィリアムはサイモンを支えたまま、自分の体にも毒が効き始めたのを感じた。
わずかだが、舌がしびれる。こういう反応か・・・
彼は、わかっていて飲んだ。ほんの一口。
視界が揺れるのを感じた。眩暈に身を任せた。
サイモンの上に、ウィリアムが崩れ落ちた。
沈黙。
そして絶叫。
取り調べは即座に始まった。
侍女たちは、一人一人全員が拘束された。
宮殿が揺れた。彼女たちの真の雇い主も尋問に参加した。
毒はウィリアムが回収している。調べてもなにもでない。
犯人はサイモンが躾けていた侍女になるなと誰もが思っていた。
だが、ガルシアは言った。
「前から脅されていた。ゴードン伯爵に。王子が懐いているのだから、世継ぎをウィリアム様に決めるように、王子様たちに勧めろと」
と涙を浮かべた。
「わたしごときが口にすることではありません」
ゴードン伯爵は言う。
「宰相が前からサイモン様を殺せと脅して来てました。ですが、わたしとガルシア様はこの手紙を持っています。内容も知っています。だから宰相様のいいなりになりませんでした。だから宰相様が手を出したと思います」
ジョシーは言う。
「わたしが我が子を殺すはずがない」
泣き崩れながら。
だが真実は、どこにもない。
それぞれが、自分の生存のために嘘を重ねる。人を陥れる。
やがて宰相は手紙ついて認めた。狩猟のあとで、家族を会わせてやりたかっただけだと。
あんな事故が起こると思わなかった。
狼を逃がしたのは事故だと聞いている。あの日の事はもう一度取り調べましょう。
世継ぎ? アレク様で充分でしょう。
宰相はそう主張した。
二人が倒れて、医者がやって来た。
サイモンはすでに亡くなっていた。
息の合ったウィリアムは助かった。
もともと一口だけしか飲んでいなかった。
深更妃の宮の客室でウィリアムは療養した。
銀灰妃も王子二人もつききりだった。
葬儀は簡素だった。
やがて、サイモンが侍女を躾けていた本当の意味も広まった。
王子たちは自分たちがサイモンを甘やかしたことが原因なのでは自らを振り返る。
その姿は彼らの慈悲深さを目立たせた。
ジョシーとゴードン伯爵。サイモン。
彼らの茶色の髪と茶色の目。
王宮は彼らを一組にした。
ジョシーは修道院に行った。サイモンの為に祈りたいと。
ゴードン伯爵は領地に帰った。
ガルシアは王子達に慰められた。
まだ餌として使えるのだ。
宰相は銀灰妃デイジーに頭を下げる。
手紙のことを黙っていたこと。
騙して第二妃にしたことを詫びる。
だがそれは公にできない。
網は残った。誰が張ったのか。
誰が操ったのか。
答えは、まだ闇の中にある。
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