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黒と青、金と青、銀と紫  作者: 朝山 みどり


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28 噂


銀灰宮に王子たち四人が姿を見せるようになってから、宮の空気は明らかに変わっていた。


侍女の数も増え、衣擦れの音と笑い声が絶えない。

かつては静謐と孤独の象徴であったその宮殿は、いまや若い息吹に満ちている。


特に四男サイモンの存在が、大きかった。悪い意味で。


茶の髪に茶の瞳。まだ幼いが、負けず嫌いで気位が高い。口も悪い。


侍女の中には、その憎まれ口に腹を立てる者も少なくなかった。


だがそれ以上に、彼は目を引いた。


この日、銀灰妃のもとへ、ジョシーとその義父であるゴードン伯爵が訪れた。


王子三人――金髪青目の長男アレク、銀髪紫目の次男マイク、黒髪青目の三男ウィリアムは、いつものようにサイモンを持ち上げた。


「サイモンは本当に覚えが早い」とアレクが言う。


「剣の筋も悪くない」とマイクが続ける。


「気位の高さも」とウィリアムが言えば、三人は共にサイモンを優しく見た。


侍女たちは驚くも、誇らしげにその様子を見守っていた。


その時、一人の侍女が何気なく言った。


「本当にサイモン様はオトウサマにそっくりですね」


言葉は軽かった。


確かにジョシーの父は、ゴードン伯爵だ。彼女は見たままをうっかり口にしただけだ。


だが。


その瞬間、場の空気がわずかに揺らいだ。


似ている。


誰もがうすうす感じていた違和感が、言葉という形を得た瞬間だった。


茶の瞳。輪郭。口元の癖。


それは偶然だと言えば、それまでだ。


しかし貴族社会において、偶然という言葉は便利であると同時に危険でもある。


噂は目立たぬように、しかしあっと言う間に広がった。


三人の王子は即座に動いた。


噂を口にした者を叱責し、軽率さを戒める。それを目立つ場所で行った。


そして逆に、ことさらゴードン伯爵を招き、堂々と並んで歩いた。


王城の回廊。中央にゴードン伯爵。


左右にウィリアムとサイモンが手をつなぐ。


あまりに堂々とした姿は返って疑念を増した。


今日は国王クリフの執務室を訪ねた。


重厚な扉が開いた。昼の光が差し込む室内。


「よく来たな」と国王クリフが低く言う。


ウィリアムが一歩進む。


「父上、本日はサイモンと、ゴードン伯爵を伴いました」


サイモンは遠慮なく室内を見回す。


「ここはつまらん。外のほうがいい」


「サイモン」とウィリアムがやわらかくたしなめる。


国王は小さく息を吐いた。


「サイモンは元気だな」


「誰よりも負けず嫌いでございます」とウィリアムが言う。


サイモンが胸を張る。


「わたしは将来国王になる」


室内の空気が凍る。


ゴードン伯爵の指先が、わずかに震えた。


国王はゆっくりと立ち上がる。


「伯爵」


「はっ」とゴードン伯爵がひざまずく。


「そこに座れ、並んでな」


サイモンと伯爵が並んだ。


国王の視線が二人をなぞる。


額。鼻筋。目元。沈黙が重い。


やがて国王は言った。


「……似ているな」


ウィリアムが即座に笑う。


「ジョシー様に、でございます」


国王は目を細める。


「似ているという言葉は便利だ」


誰も動かない。


「似ていると言えば、安心できる」


その声には王としてではない、父としての疲労がにじんでいた。


国王はしゃがみ、サイモンと目を合わせる。


「強くなれ」


それだけを言う。


そしてウィリアムを見る。


「お前は弟を守るのか」


「守ります。何があっても」とウィリアムは即答した。


国王はウィリアムをじっと見た。


「王家の血は祝福であり、枷でもある」


その言葉は、伯爵の胸を締め付けた。


執務室を出た後、三人は王妃エミリーのもとへ向かった。


王妃はウィリアムにだけ微笑む。ウィリアムにだけ声をかけた。


「よく来たわね」


「母上、今日は弟とゴードン伯爵も連れて参りましたよ」


「そうね、よく来たわね」


お茶のテーブルに座った。サイモンがすぐに菓子に手を伸ばした。


王妃は、わざとゆっくりとサイモンとゴードン伯爵を見比べた。


「ほんとうにそっくりね」


「ジョシー様に、でございます」とウィリアムが笑う。


その瞬間。


サイモンが吐き捨てた。


「うるさい。はげ婆ぁ」


空気が凍りつく。


「サイモン、お母様になんてことを言うんだ」とウィリアム。


「王妃殿下になんてことを」と侍女。


サイモンは叫ぶ。


「わたしは将来国王になるんだ。逆らうな」


ウィリアムは無言でサイモンを抱き上げた。


「お母様、失礼します」


ゴードン伯爵は深く頭を下げて後を追う。


廊下に響くサイモンの罵声とそれを辛抱強くたしなめるウィリアム。


それを遠くに聞きながら、王妃の目は静かに細められていた。



ウィリアムはアレクとマイクを呼んだ。


[サイモンがよくやったよ。褒めに来て。ジョシーの所]


ジョシーのもとに戻ったウィリアム。


そこへアレクとマイクが現れる。


アレクが静かに言った。


「どんなに優秀でも、今日のことでお前は」


マイクが続ける。


「公の場所では、優秀さを見せつけるな。それでなくてもお前はいつでもウィリアムと比べられるのだぞ」




ジョシーの表情が固まる。


ゴードン伯爵の顔色が変わる。


理解したのだ。


王家の内部で、力の均衡が揺れ始めていることを。


サイモンがどれほど優秀でも。王子三人がどれほど褒めても。

茶色の彼は王になれない。


王に色を求める。


なら、王に相応しい色を持った者は誰か?


その男は守ると言い切った。


ジョシーとゴードン伯爵の間で、無言の合意が交わされた。


排除。


その言葉は声にならなかったが、意思は固まった。


彼らが助力を求めた名は一つ。


放蕩者の叔父、ガルシア。


彼らは知らない。王子たちは待っている。



網はすでに張られている。


誰が最初に絡むのか。


それだけの問題だった。


王宮の空気は、静かに、確実に、きしみ始めていた。



そして彼らも待っていた。






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