24 ガルシア
銀灰妃の叔父、ガルシアは得意の絶頂にあった。
王城の回廊を進む背中は驚くほど軽く、少し前までの荒んだ姿はきれいに消えている。
年相応の衰えはあるはずなのに、足取りには弾みがあり、歩幅まで大きい。
「いやあ、こうして並んで歩くと、わしも若返った気分だ」
三人の王子に囲まれ、ゆっくりと歩きながら話す。周囲の視線が集まっているのが、ガルシアにはよくわかった。
振り返って女官を見るとにこりと笑いかける。その目に警戒や疑念はない。ただ、優越感だけがあった。
王子たちに迎えられ、王城を歩く自分。
それだけで、ガルシアの中では物語は完成している。
「大叔父上、今日はゆっくり出来るのですか?」と三男ウィリアムが言う。
「大叔父上、母からいろいろ聞きました」と次男マイクが続ける。
「わたしが話しているだろう」と長男アレクがたしなめる。
「兄上、わたしも話したいです」とウィリアムが口を尖らせる。
マイクは楽しげにガルシアの右手を取っている。
ウィリアムは無邪気にガルシアを見上げている。
アレク王子は、わずかに距離を保って歩いていた。
ガルシアは、自分が利用されているとは夢にも思っていない。
むしろ逆だ。自分が王子たちを利用して、王宮に顔を売っている。王子たちが自分を頼っている。そう信じ切っている。
それでよかった。
最初に近づいてきたのは、古参の貴族だった。
「おや、あなたが叔父様ですか?」
声色は妙に低く、丁寧だった。
「旅に出られていたそうでございますね。銀灰妃様も心強いでしょう。叔父様が戻られて」
「はい、かわいそうなことをしました。これからは、わたしがついております」
ガルシアは胸を張って答える。
「叔父様、行こうよ」とウィリアムが袖を引く。
「お話なさっているのだぞ。邪魔したらいけないよ」とマイクがささやく。
「でも、時間が。叔父様は父上とも話さないと。父上も待っているんだぞ」
その言葉を聞いた瞬間、男の目がわずかに光った。
ほんの一瞬だが、見逃しようのない変化だった。
アレクは、その瞬間を見ていた。それからは早かった。
茶会に招かれ、
食事に誘われ、
昔話をせがまれる。
どの場にも、同じ匂いが漂っている。
「ガルシア様が見た銀灰妃殿下は、どんな方でしょうか?」
「今度、会わせていただけないでしょうか?」
「あの子は勉強が好きでしたな。ただ、あれの母親が古風な女でして」
「それはどういう?」
「勉強よりも家事と縫い物が大切だと」
「なるほど」
「跡継ぎのことは?」
「どの方もふさわしい……いや、やめて下さい。わたしなぞ、なにも」
「あれだけ懐かれておられるのに。ガルシア殿の指示は大きいですぞ」
「恐れ多い事でございますなぁ」
そう言って笑う顔は得意の表情を隠していない。
「陛下の裏話は?」
「言えませんな」
ガルシアは得意げに語る。
話は少しずつ誇張されていくが、本人にその自覚はない。
周囲の者たちは、必死にうなずき、笑い、相づちを打つ。
だが、目は笑っていなかった。
この男が、どこかで口をすべらせるかのを、待っている。
マイク王子は、その様子を静かに見ていた。
見ているのはガルシアではない。
彼の周囲に集まってくる者たちだ。
王子に近づきたい者。
過去の過ちを薄めたい者。
昔の事故を、なかったことにしたい者。
三人の王子が、あの事故を知っており、恨んでいることは、すでに知れ渡っている。
関係者は恐れていた。忍び寄る手を。
先日の狩猟の日の事故。
アレク王子とマイク王子は大人に混じり、狼と戦った。
子供ながら剣の腕は確かだった。
彼らは、銀灰妃を産みの母以上に慕っている。
その銀灰妃の叔父。取り入るのに手段を選んでいられない。
王子に直接、声をかけるのは、難しいが、ガルシアには気軽に声をかけられる。
「ガルシア殿」
「おや、先日はお世話になった」
「相変わらず、ご一緒なんですね」
「大叔父様のおともだちですか?」
とウィリアムが無邪気に話しに加わる。
「そうだよ。いい人だ。この前は楽しかった」
「そうなんですね」
ウィリアムが話すのを聞きながら、アレクもマイクも微笑む。
それだけで十分だった。
余計な説明は、餌を警戒させる。
ガルシアはますます調子に乗る。
「なに、わしが橋渡しをしてやろう」
そう言って、勝手に話をつなぐ。
そのたびに、人が増える。
アレクは内心で数えていた。
一人
二人
三人
四人……
ある晩、ガルシアは満足そうに言った。
「どうだ、アレク。わしは役に立っておるだろう?」
アレクは少し考えるふりをして答えた。
「ええ。とても」
それは嘘ではない。
ガルシアは胸を張る。自分が中心にいると、心から信じている。
だが、実際に浮かび上がっているのは、欲に濁った目。
過去にしがみつく手。
王子という言葉に群がる影。
ガルシアは、餌として優秀だった。
無自覚で、無防備で、よくしゃべる。
そして何より、信じて疑わない。
アレクは、その背中を静かに見ていた。
狼を放ったときと同じだ。
怖がらせれば、勝手に走る。
今回は逃げ場もない。
集まってきた者たちは、自分から姿をさらしている。
ガルシアは今日も得意顔で歩いている。
王子たちになつかれていると信じて。
その影で、王子たちは静かに網を張っていた。
逃がす気は、最初からない。
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