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上司が亀になりまして

作者: 昼月キオリ


ある朝、亀田は違和感で目を覚ました。


天井が、やけに遠い。

いつもなら視界に入るはずのカレンダーが見えない。


明らかにいつもより低い。


次に気づいたのは、声だった。

喉に力を入れても、いつもの低くて通る声が出ない。


「・・・」


代わりに、かすれた音が漏れるだけだった。


身体を起こそうとして、硬い感触にぶつかる。

背中に、重く丸いものが乗っている。


甲羅だった。しかも、手のひらと同じくらいの大きさだ。


(亀だ、亀になっている。)


冗談のような状況だが、夢ではなかった。

現実だと理解した瞬間、亀田はため息をついた。


病院に行こうにも、この姿では無理だ。

警察に行っても、説明以前に捕獲されるだろう。


亀田は結婚はしているが別居中だ。

携帯も使えなければ嫁の家まで行くこともできない。

 

しばらく考えた末、ひとつの結論に至る。

部下のところに行くしかないと。

幸い、今日は休日だ。





第一話 仁科


仁科の部屋は、音がなかった。


時計の秒針の音だけが、やけに大きく響く。

カーテンは閉め切られ、朝だというのに薄暗い。


机の上には、書類が積み上がっていた。

人より仕事のペースが遅い仁科は持ち帰って作業をしていたのだ。

先輩たちからは仕事が遅い、残業泥棒だと言われていた。


仁科は椅子に座ったまま、床を見つめていた。


仁科「僕なんか・・・いない方がいいんだ・・・」


声は消え入りそうなほど小さい。


天井に縄をくくり付けている。


(え!?ちょっ、おい、待て待て!!何やってんだよ仁科!!)



椅子を持ってきて乗ろうとした。

その瞬間。


(くそっ!!!)


ゴンッ。


何かが、膝にしがみ付いた。


仁科「!?」


見下ろすと、そこには一匹の亀がいた。

必死に首を伸ばし、もう一度体当たりしてくる。


ぺちっ、ぺちっ。


(ばかやろう!死ぬんじゃねぇ!!確かにお前は仕事が遅い!けどな!いない方がいいなんてそんなバカな話ある訳ないだろ!)


仁科「な、なんだよ、お前・・・いつの間にこの部屋に?」


苛立ち混じりに呟いた瞬間、

仁科の視界が滲んだ。


仁科「なんで、なんで邪魔するんだよ・・・」


膝の力が抜け、床に崩れ落ちる。

涙がポロポロ溢れた。


亀は、仁科のそばから離れなかった。

ただそれだけで、仁科は動けなくなった。


仁科はエサを買ってきてくれた。


(お前、優しい奴だな。飯に困ったら仁科のところに来よう。)




翌日。

俺は人間に戻っていた。


仕事のペースが遅い仁科だったが、その分丁寧に書類を仕上げていたこともあり、大きなミスを防ぐことができた。


亀田「仁科、俺や他の奴らだったら見過ごして大問題になっていただろう。ありがとな。」


仁科「い、いえ、そんな・・・俺はいつも通りやってただけで」


亀田「酒田さん」


酒田「はい、何でしょうか?」


亀田「仁科の仕事を少し減らしてやってくれ。

俺が仕分けをする。スピード重視な書類は酒田さんたち、正確性重視な書類は仁科へ回そう。」


酒田「は、はい、分かりました・・・」


亀田「仁科はいつも通り丁寧な仕事を心掛けてくれ。」


仁科「え、いいんですか・・・?」


亀田「ああ」


 



第二話 佐野


佐野は、いつも定時になるとそわそわしていた。


飲み会には来ない。

雑談にも加わらない。


「付き合い悪いよな」


そんな声を、亀田は何度も耳にしていた。


だが、理由は違った。


のそのそと歩き、自転車に乗っている人の足にくっつき、ベビーカーにくっつき・・・。

昼頃にはなんとか佐野の家に到着。


(何とかなるもんだな。)

 

佐野の実家は古い一軒家だった。

夜遅くまで働く両親に変わり、佐野が病弱な妹の面倒を見ていた。

台所には、煮物の匂いが広がっている。

佐野は慣れた手つきで、皿を並べていた。


妹は昔から体が弱く、学校にも通えない日が多い。

凛はそっと起き上がる。


凛「お兄ちゃん・・・」


佐野「凛、できたぞ」


凛「いつもありがとう」


そんな二人のやり取りを妹の部屋の窓の隙間から覗いていた亀。


(いつも・・・ああ、なるほど、そういうことか。)



翌日。

俺は人間に戻っていた。


水野「今日、残業頼めるか?」


先輩の声に、佐野の手が止まる。


言い返さない。

ただ、黙って資料を見る。


その時。


亀田「佐野、帰っていいぞ。」


佐野「社長、いいんですか?」


亀田「ああ」


佐野が帰った後、水野が話しかけてきた。


水野「なんで佐野帰らせちゃったんですか」


亀田「帰らせてやれ。後は俺が引き受けるから。」


水野「え、社長が?」


亀田「あいつには、あいつなりの事情があるんだ。」


先輩は何も言わず、席に戻った。


その夜。

佐野が亀田という社長が庇ってくれたと話した。


凛「昨日の亀さんかもね」


佐野「うん?何言ってるんだ?」


凛「夢の中で亀さんがね、私を心配そうに見つめていたの。」


佐野「随分変わった夢だな」


凛「ふふ、本当ね」


その日は、いつもより妹の笑顔を見れた。

そんな気がした。



 


第三話 愛野


夜、愛野の部屋に到着。

いつもチャラチャラした格好をしている愛野の部屋は、明るかった。

音楽が流れ、服が床に散らばっている。


着替えをしようとしたその時。愛野は視線を感じて振り向く。


愛野「亀?」


(ヤバい、バレたか。いや、でも・・・今の俺は亀だ。

着替えを覗いても何の罪にもならない。)


愛野は一瞬固まった後、

何も言わず亀の上にタオルをファサッとかけた。


(感のいい奴だ。)


風呂上がり。

愛野が髪を拭いた瞬間、丸まりながら亀田は見た。


腕や足に残る、薄い痣が見えた。


(風呂上がりか、いいねぇ・・・え?何だこりゃあ・・・アザだらけじゃねーか。)


愛野が不意に腕を押さえた。


(おい、どうした!!)


愛野「いたたっ・・・昌己に殴れた傷、まだ痛むや・・・」


(昌己、いつぞや耳にした彼氏のことか。

なるほど、そういうことか。)



翌日。

俺は人間に戻っていた。


愛野「定時で帰ります。彼氏とデートなんで」


軽い口調。

だが、どこか無理をしている。


(いつもなら気付かなかっただろうが、昨日のアザを見せられてはな。)


亀田「すまんが、俺も今日は先に帰る」


俺は急いで愛野を尾行した。

会社から出て公園に向かう。


待ち合わせの彼氏と何やら揉め始めた。

 

愛野「だから、私は別れるって言ってるじゃん!」


怒鳴り声。

振り上げられる手。


その間に割って入り、腕を掴み上げた。


「は?おっさん何だよ!」


愛野「え、社長!?」


亀田「大の男が女を殴るんじゃない。」




愛野「さっきはありがとうございます。

社長も早上がりだったんですね。」


亀田「ああ・・・そしたら偶然、言い合いになってるカップルが見えてな。」


愛野「ふーん・・・ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、カッコ良かったですよ?」


亀田「一言余計だ」


愛野は、少しだけ笑った。


亀田「愛野は感が鋭いんだ。もう変な男に引っかかるんじゃないぞ。」


愛野「うげぇ、パパと同じこと言ってる〜!!」


亀田「何がうげぇだ。たまには実家に顔を出してやれよ。」


愛野「はいはい〜」


亀田「はい、は一回だ。」


愛野「はーい」


亀田「伸ばさなくていい!」


こうして、亀田の休日は部下の部屋のショートステイに終わり、それからちょっぴり優しくなったんだとか。

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