再び神通へ
1928年3月1日。
呉鎮守府の朝は、春の到来を感じさせながらも、厳格な緊張感に包まれていた。
頼は、艦政部付としての責務を全うし、その卓越した知識と技術的洞察力は、工廠や上層部の間で高い評価を得ていた。
特に彼が指摘した構造的な課題への対処は、修理後の「神通」の安全性を飛躍的に高めるものとして認識されていた。
頼は、三月一日をもって軽巡洋艦「神通」が正式に再就役することを、自身の業務の進捗から確信していた。
彼はその艦へ、自分自身が「礎」を築き上げたその艦へ、乗艦することを心底から望んでいた。
午前九時。
艦政部の事務室に、人事担当の士官が慌ただしく入ってきた。
「吾妻大尉!すぐに司令官室へ」
頼は静かに席を立ち、整然と姿勢を正した。
隣で書類を整理していた山崎少尉が、不安と期待の入り混じった顔で見つめてきた。
「頼……」
「落ち着け、山崎」
頼は短く答え、司令官室へ向かった。
司令官室では、宮城沢 一 (みやぎさわはじめ)司令長官(大将)が、彼を見つめていた。その表情には、一介の大尉に対するものとは思えない、畏敬の念と、若い才能への期待が滲んでいた。
「吾妻大尉。君の艦政部での働きは、この呉鎮守府に留まらず、海軍省の艦政本部にも驚きをもって伝えられている。特に、あの復原性に関する提言は、今後の艦艇設計のあり方を再考させるものだ」
頼は敬礼し、言葉を待った。
「本日をもって、君の辞令が発令された」
司令官はそう言うと、手元の書類を読み上げた。
「吾妻頼大尉、軽巡洋艦『神通』砲術長兼分隊長を命ず」
頼は深く敬礼し、辞令の重みを噛み締めた。
宮城沢司令長官はここで一度、書類から顔を上げ、静かな視線を頼に送った。
その視線には、頼の功績を評価するだけでなく、彼が艦政部で強く推した人事への理解が滲んでいるようだった。
さらに長官は、重々しく告げた。
「山崎忠剛少尉、軽巡洋艦『神通』分隊士を命ず」
そして、こうも続けた。
「この辞令は、君が艦政部付としてこの鎮守府での責務を全うした功績と、一人の士官の不屈の精神に対する報いだ。今後、神通にあっては、吾妻大尉と連携し、艦の錬成、戦力化に尽力せよ」
頼はわずかに目を見開き、喜びを噛み締めた。
山崎の願いが叶い、彼の友が再び、命を懸けるべき同じ艦へと戻れるのだ。
辞令を終えた宮城沢司令長官は、頼に言葉をかけた。
「吾妻大尉。『神通』は美保関の事故で大きな傷を負った。だが、君の手で再び万全の態勢を整え、今日から第一艦隊第三戦隊に編入される。君の類稀な能力で、神通を、再び日本海軍の誇りとなる、不屈の戦力に鍛え上げてもらいたい」
「承知いたしました。命を賭して責務を全ういたします」
事務室に戻った頼を、山崎少尉が待っていた。
山崎の顔は、驚きと喜びと、そして頼への感謝で輝いていた。
「頼!!また『神通』に乗艦できるとは……!お前が上に何か掛け合ってくれたのか?」
頼は笑って否定した。
「俺は何もしていないよ。お前が艦政部での責務を全うした結果だ。それに、山崎の現場での経験が『神通』に必要だと、上層部が判断し、怪我も癒えたと認めたんだろう」
(いや、山崎。君が俺の傍にいることが、今後の任務遂行において、何よりも重要な礎になる)
「砲術長殿。分隊士として、精一杯尽力させていただきます!」
山崎はそう言うと、今度は正式な敬意を込めて頼に敬礼した。
頼は、山崎からの敬礼を正面から受けた。
「ああ。頼りにしているぞ、山崎」
こうして、頼大尉は砲術長として、山崎少尉は分隊士として、1928年3月1日、軽巡洋艦『神通』に乗艦した。
彼らの新たな艦上勤務が始まる。
この地で築く彼の功績こそが、彼の運命、そしてこの国全体の行く末を左右する決定的な第一歩となる。




