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未来への頼み-アパートの鍵を握りしめたまま、オレは旧日本海軍士官になった-  作者: 山口灯睦
第4章 1928年-1929年 呉、神通編

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呉海軍鎮守府

初日の業務を終えた官舎での顔合わせは、頼にとって予想外の喜びをもたらした。


呉鎮守府付として事務作業にあたっていた山崎少尉との再会である。


山崎は頼の姿を一目見るなり、背筋を伸ばし、反射的に敬礼の姿勢を取った。


「吾妻大尉!まさか貴官が呉に――」


頼は軽く手を挙げて山崎の言葉を遮った。


「山崎。大尉はよしてくれよ。水臭いじゃないか。俺たちの仲じゃないか」


山崎は瞬時に顔を緩め、安堵のため息をついた。


「いや実は、階級が上がられたので、つい...!

まさか呉で再会するとは思わなかったよ、頼。

俺は昨年末からこちらで鎮守府の事務をしているよ」


「そうか。呉で事務官をしているのか。しかし、あの、美保関での怪我だ。体の方はもう大丈夫なのか?」


頼は、冷静に尋ねた。


「ああ、あれは大変だったよ。頼、あの時助けてくれたから、いま俺はここにいられる。本当に感謝している。」


頼は、静かに言った。


「そうか...。あの地獄から、よくぞ生還し、ここまで回復した」


山崎は微かに顔を曇らせた。


「回復はしたが、軍医部の判断は厳しかった。

『重傷者はすぐに艦上勤務に戻せない。

特に軽巡の勤務は負担が激しい』とね。

だから、再起不能ではないが、事務職へ回された。

本当はすぐにでも『神通』に戻りたいが、辞令には逆らえない」


山崎は静かに、しかし深い悔しさを滲ませて語った。


「そうか。悔しいのよくわかる。

だが、今のお前の職務こそ、『神通』が万全の態勢で海へ出るための最も重要な礎だ。

お前の責務は、艦上でなくとも続いている」


「そう言ってもらえると、救われるよ」


山崎は頷いた。


「オレはその修理関係の書類処理とともに、呉へ転属になった。ここではその処理をやっているが、再就役の暁には、また『神通』に戻りたいと願っているんだ」


山崎は真剣な眼差しを向けた。


「神通は事故後、舞鶴で応急処置を受けだが、本格的な修理はここ呉で行うことになったんだよ。

俺も怪我は回復したが、人事が動かず、そのまま神通関連の書類を扱う艦政部付としてこちらに異動になったというわけなんだ」


頼は頷いた。


「そうか。ならば、君の経験が頼りになる。

艦政部付としての責務は、修理を確実に完了させ、神通を再び万全の態で海に送り出すことだ」


「もちろんだ!俺も復帰を切望している。大尉殿は、…いや、頼は技術士官としての知識もあるから、本当に心強い。俺は、今は主に兵装に関する事務書類を扱っている」


二人は談笑し、夜更けまで旧交を温めた。


その夜、官舎の一室で、頼は二通の手紙を綴った。


一つは名古屋の母、静へ。


もう一つは燈へである。


静への手紙は、呉への無事な着任報告と、体調の報告が主だった。


簡潔ながらも細やかな気遣いが伝わる文章だった。


燈への手紙には、新たな任地での職務への意気込みを綴った。


《呉は、これまでとは違う空気が流れています。

私の公的な責務は、海軍士官としてこの場所で最高の成果を上げること。その一つ一つが、燈と約束した生活、私たちの未来の基礎(礎)を築く確かな道だと信じています。あなたの手紙が、遠いこの地での何よりの支えです。》


翌日以降、頼は艦政部での業務に没頭した。


山崎少尉は頼大尉の補佐として、膨大な量の修理記録、資材の在庫リスト、工廠との連絡書類を完璧に整理し、頼の作業を支えた。


頼は、山崎から得た「現場の情報」と、自身が持つ「卓越した技術的洞察力」を融合させ、昼夜を問わず図面と格闘した。


数日後、彼の提言が艦政部内で大きな波紋を呼ぶことになる。


艦橋の損傷修理と、それに伴う新たな射撃盤の設置に関する会議でのことだった。


頼大尉は、当時の技術士官たちが作成した資料を前に、異論を唱えた。


「池内大尉。この射撃盤の設置位置と、復旧された艦橋構造を鑑みるに、特定の条件下での発砲時、船体の微細なねじれによって、弾道計算に許容できない誤差を生じます」


艦政部の技術担当士官は、


「吾妻大尉、それは過度な模擬実験に基づいた危惧では?従来の艦艇設計基準では全く問題ありません」


と反論した。


頼は、畳み掛けるように続けた。


「基準の問題ではありません。

このままでは、実戦時の『システムの冗長性』、、、いや、『機構の冗長性』が確保できません。我々は、後の戦訓が示すように、より厳しい条件下での運用を想定すべきです。具体的には、この船体の復原性と重量配分を再計算し、射撃盤の係数補正に新たな要素を加えるべきです」


頼が用いる

「(機構)システムの冗長性」や「復原性と重量配分」に対する異様なまでの執着は、当時の士官たちの常識を逸脱していた。


彼の提言は、まるで

「十年先の海軍工学の知見」に基づいているかのように、理論的には正しすぎるものだった。


上層部は彼の提言を最初は「理論過多」として扱ったが、頼が持ち出した論理的な裏付けと計算が完璧だったため、最終的に無視できず、「吾妻提案」として部分的に採用することとなった。


特に艦政部長は、頼を呼び出し、


「吾妻大尉。君の知識は、我々の時代を一つ飛び越えている。君はただの技術士官ではないようだ」


と、驚きと戸惑いの混じった言葉をかけた。


頼は、曖昧な笑みで誤魔化した。


「私の専門知識は、ただの独学に過ぎません。ですが、私の責務は、戦場で確実に結果を出す艦を再建することです」


一月、二月と時は駆け足で過ぎた。


頼は忙殺される日々の中で、燈からの手紙が唯一の安らぎだった。


山崎少尉は、頼の天才的な活躍を間近で見て、改めて深い尊敬の念を抱くと同時に、自分の「神通」復帰への希望を一層強くした。


そして、二月末。


「神通」の修理は完了し、再就役を待つのみとなった。


頼の艦政部での異例の功績は、上層部の間で共有され、「吾妻大尉を艦隊に復帰させるべき」という声は、呉鎮守府を超えて海軍省にまで届き始めていた。


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