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未来への頼み-アパートの鍵を握りしめたまま、オレは旧日本海軍士官になった-  作者: 山口灯睦
第4章 1928年-1929年 呉、神通編

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新たな任地

汽車の旅路は、頼にとって、故郷の温もりを遠く置き去りにし、来るべき使命へと向かう時間そのものだった。


1月6日夜。


頼は、長旅の途上、神戸に到着し、明日の呉入りに備え、神戸駅前の老舗の旅館に宿泊した。


旅館の窓から見下ろす神戸の夜景は、名古屋とは違う、国際港湾都市としての異国情緒を漂わせていた。


しかし、頼の心は既に私的な感情から公的な務めへと切り替わっていた。


彼は翌日の呉への最終旅程と、そこで始まる重責に思いを馳せ、静かに夜を過ごした。



1月7日午前


頼は、神戸発の列車に揺られ、ついに呉の地に降り立った。


駅を出ると、濃密な潮の匂いと、広島湾に連なる山々の重厚な空気が全身を包んだ。ここは、軍港として名高い呉鎮守府の街である。


頼は、鎮守府の指示に従い、まず仮宿舎に案内された。簡素な軍の施設の一室で、彼は荷物整理や、明日の着任手続きの準備を行った。


夜。仮宿舎で一人、静かに夜を過ごす。心の中では使命感と、母や燈との断ち難い絆が混ざり合っていた。


翌日1月8日、午前。


頼は、軍服を整え、正式な書類や辞令を持参し、呉鎮守府へと向かった。


鎮守府の司令部棟。重厚な扉の向こう、静謐な一室で、頼は着任手続きを済ませた。


彼は軍服を正し、上官の訓示を受けた後、白い紙に黒々と印字された辞令書を受け取る。


そこには、彼の名前と階級、そして


「海軍大尉 吾妻頼、呉鎮守府艦政部付ヲ命ズ」


という、簡潔で厳格な文言が記されていた。


頼の肩に、海軍士官としての重い責務が改めてのしかかる。


新しい任地での務めは、既にこの瞬間から始まっていた。


呉鎮守府は、東洋一とも謳われる巨大な軍港であり、日本の造船技術と兵器開発の心臓部だ。


頼は、この場所で大尉としての職務を全うし、与えられた信頼に応えること、そしてその知識をいかに自身の行動に結びつけ、この先の道をどうすべきかを考えた。


彼は窓の外に広がる壮大な呉港を見つめながら、艦政部棟へと歩を進めた。


冬の海風が、停泊する艦艇の鋼鉄の匂いを運んでくる。


すれ違う士官たちの鋭い挨拶が、この街の張り詰めた規律を示していた。


頼が配属された艦政部は、艦艇の整備計画や兵装の管理を行う部署である。


事務室の机上には、分厚い書類や設計図、修理指示書が山積みになっていた。


先輩士官の池内大尉から業務説明を受ける。


「吾妻大尉。君の当面の任務は、現在ドック入りしている軽巡洋艦『神通』の再就役計画だ」


提供された『神通』の損傷状況と修理方針の書類をすぐさま読み込む。


それは美保関事件で大破した艦橋や船体の修繕に関する詳細な指示書だった。


しかし頼は、海軍の徹底した教育と鋭い知性から、その修理計画に将来的な課題が潜んでいることを感じ取った。


だが、それを口には出さなかった。


「期限は2月末、3月1日に第一艦隊第三戦隊への編入が予定されている。

君には、その再就役に向けての最終的な整備計画の立案と、兵装管理の最終確認を担当してもらう。非常に多忙になるが、頼むぞ」


と池内大尉は言った。


頼は静かに返答した。


「承知いたしました。全力を尽くします」


頼は初日から、同僚士官たちと技術や戦術に関する会話を交わし、その深く鋭い洞察力と判断力をさりげなく示していった。


上層部への報告も、簡潔で的確であり、すぐに信頼を勝ち取り始めた。


終盤、初日の業務終了後。


頼は港を見下ろす高台に立ち、冷たい海風の中で呉の街を眺めた。彼が見つめる先には、ドックに横たわる「神通」の巨体がある。


彼は深く息を吸い込んだ。


「この呉の地が、今の俺の持ち場だ。三月、神通の再就役までにこの修理の任務に全力を尽くす。それが今の俺がすべきことだ」


そう改めて、決意した。


その後、頼は新しい官舎に入居し、周囲の士官や下士官との顔合わせを行った。


その中には、頼にとって懐かしい顔があった。


「吾妻大尉!やはり貴官でしたか!」


呉鎮守府付として作業にあたっていた山崎少尉が、目を丸くして駆け寄ってきた。

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