4 赤い沈黙
「で、何を調べる?」
夕陽が差し込む法務官室。
朱色の光がエドガーの髪を染め、机上の書類とペンに淡く影を落としていた。
彼の向かいに立つのは、腕を組んだ男――ルシアン・ヴェイル。
外部調査局の特別調査員であり、法務官の命により証言の裏付けや現地確認を行う職員だ。
短く刈り込まれた金髪、琥珀色の瞳。鍛え上げられた体を包むオリーブグリーンの制服が、彼の粗野な印象を引き締めている。
ピップが二人の前にカップを置くと、紅茶の香りが静かに立った。
このピップは、元は貧民街の小さな情報屋集団のリーダーをしていたが、今ではエドガーを後見人として、裁定院の雑用係として働いている十二歳の少年だ。
ルシアンと目が合い、少年は明るく微笑む。
「で? 何を?」
ルシアンが視線をエドガーに戻し、低い声で問う。
しかしエドガーは調書から目を離さず、「すまない」とだけ短く返した。
ルシアンはしばし沈黙し、それから大きくため息をつく。
頭を抱えて天を仰ぐと、天井にも夕陽の赤が映り込み、場違いなほど美しかった。
「……また“違和感”か。
また一から調査し直せってことだな。
頼む、嘘だと言ってくれ。せめて手当をつけてくれ」
ぼやくルシアンを前に、エドガーは肩をすくめ、閉じた調書の上に指を重ねる。
静かな微笑を浮かべながら、いつもの調子で言った。
「それは僕の権限じゃない。すまない」
ルシアンが呻くように低く唸る。
エドガーはそんな彼を横目に、別の書類束を取り出して整え始めた。
「ピップ。この書類を王立図書院に届けてくれるか?」
「はい、サー!」
ピップは跳ねるように近寄り、書類をバッグに入れて肩にかける。
「行ってまいります!」
「頼んだよ」
短いコートの裾を翻しながら、少年は小さな足音を残して部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂の中、エドガーは鍵付きの引き出しに調書をしまい、立ち上がってコートを羽織る。
「待て待て。どこへ行く?」
ルシアンが眉をひそめると、群青の瞳がゆっくりと彼を見た。
「僕にも違和感の正体は分かっていない。
君に話せることはこれ以上ないよ。……王立自然公園に行って、頭を冷やしてくる。君も来るか?」
誘いを受けたルシアンは、苦笑を浮かべて首を振る。
「いや、やめておく。外部調査局に戻って、また一から洗い直すさ」
「そうか。――君のことは頼りにしている」
その言葉を残して、エドガーは長い黒髪を揺らしながら部屋を出ていった。
ドアが閉まる音だけが、朱に染まった室内に響く。
残されたルシアンは、眉間を揉みながらぼそりと呟いた。
「まったく、あいつは……違和感製造機か」
だがその口元には、わずかな笑みが浮かんでいる。
「よし。……やるか」
彼もまた立ち上がり、書類鞄を掴んで部屋を後にした。
窓の外では赤い陽が沈みかけ、霧が立ち始めている。
その薄闇の中、オルドンの街はゆっくりと夜の貌を見せ始めていた。




