39 報せ
王立裁定院の執務室。
朝の光が書類の山を淡く照らしていた。
エドガー・レイブンズは調印済みの書状を丁寧に重ね、順に封蝋を押していく。
蝋の赤が、羊皮紙の白に静かに滲んだ。
一通は、ウィンダム侯爵家宛。
もう一通は、モートン侯爵家宛。
それぞれの封筒の上に、王立裁定院の印章が押される。
書状の文面は淡々としている。
記された、たった数行。
エドガーは、文字に視線を落とした。
◇◇◇
王立裁定院
裁定通達書
チャールズ・ウィンダム侯爵閣下
下記の件につき、王立裁定院の裁定をここに通達する。
一、婚約破棄の件
申立人セレーナ・ウィンダム侯爵令嬢と、被申立人アラン・モートン侯爵令息との間に締結された婚約について、これを破棄する旨の申立てを認める。
本裁定をもって、両名の婚約関係は解消されたものとする。
二、後見人選任の件
イザベル・モートン侯爵令嬢の後見人として、チャールズ・ウィンダム侯爵を選任する。
なお、同令嬢の身柄および権利の保全については、王立裁定院の命により必要な措置を執行済みであることを付記する。
以上、本裁定を記録し、通達する。
王立裁定院 第七法務局
法務官 エドガー・レイブンズ (印)
◇◇◇
王立裁定院
裁定通達書
レイモンド・モートン侯爵閣下
下記の件につき、王立裁定院の裁定をここに通達する。
一、婚約破棄の件
申立人セレーナ・ウィンダム侯爵令嬢と、被申立人アラン・モートン侯爵令息との間に締結された婚約について、これを破棄する旨の申立てを認める。
本裁定をもって、両名の婚約関係は解消されたものとする。
二、嫡嗣廃嫡の件
申立人レイモンド・モートン侯爵より提出された廃嫡の申立てを受理し、長男アラン・モートンの嫡嗣たる地位を廃することを認める。
本裁定をもって、同人はモートン侯爵家の相続権その他嫡嗣たる地位に付随する一切の権利を失うものとする。
また、同人は本裁定をもってモートン侯爵家の籍を離れるものとする。
三、児童保全の件
王立裁定院は、イザベル・モートン侯爵令嬢の身柄および権利を保全するため、同令嬢に対する児童保全命令を発令した。
本命令の解除または変更が正式に通達されるまで、レイモンド・モートン侯爵ならびにモートン侯爵家の関係者による同令嬢への接触、連絡、所在の照会その他これらに類する一切の行為を禁ずる。
なお、本命令に基づく必要な保全措置は、すでに執行済みである。
以上、本裁定を記録し、通達する。
王立裁定院 第七法務局
法務官 エドガー・レイブンズ (印)
◇◇◇
ペン先が最後の署名を描き終えると、エドガーは軽く息を吐いた。
インクが乾くのを待ち、それを丁寧に封筒へ収める。
窓の外には、灰色の霧が立ちのぼり始めている。
街の鐘がひとつ鳴った。
昼下がりの新聞社。
夕刊の見出しに新しい記事が刷り込まれていく。
『王立裁定院、児童保全命令を発令』
王立裁定院は今朝、イザベル・モートン侯爵令嬢に対する児童保全命令を正式に発令した。
公示では、
――“イザベル・モートン嬢はウィンダム侯爵家の後見下に移行”
と記載。
同時に、ウィンダム侯爵家が声明を発表。
――「病弱な少女を保護し、静養のために国外へ向かわせた」
記事は事務的な調子で結ばれている。
だが、活字の下では、二つの名門家の均衡が音を立てて崩れ始めていた。
その頃――モートン邸。
レイモンド・モートンは、机の上に広げられた書状を睨みつけていた。
震える指先が封書の上を滑る。
赤い封蝋が、まるで血のように見える。
「……な、なんだこれは? 何が起こっている!?」
答える者はいない。
屋敷の空気は凍りついていた。
外からは報道馬車の車輪の音が響いている。
この邸宅にはもう、アランも、イザベルもいない。
使用人たちは目を見合わせ、ただ静かに息を呑んだ。
エドガー・レイブンズは新聞を法務官机に畳んで置き、窓の外に視線を向ける。
王都の霧が淡く立ちこめ、遠くで鐘がまた一度鳴った。
群青の瞳を、ゆっくりと細める。
「――さぁ、火は射られた」




