39 報せ
王立裁定院の執務室。
朝の光が書類の山を淡く照らしていた。
エドガー・レイブンズは調印済みの書状を丁寧に重ね、順に封蝋を押していく。
蝋の赤が、羊皮紙の白に静かに滲んだ。
一通は、ウィンダム侯爵家宛。
もう一通は、モートン侯爵家宛。
それぞれの封筒の上に、王立裁定院の印章が押される。
書状の文面は淡々としている。
しかし、そこに記された数行の文章が、二つの家の命運を決定づける。
――
【ウィンダム侯爵家宛書状】
婚約破棄の件、王立裁定院において正式に認められたことをここに通知する。
併せて、イザベル・モートン嬢の後見人として、チャールズ・ウィンダム侯爵閣下を正式に認定する。
本件に関し、保全命令の執行を確認済み。
以上、記録として保存する。
――
【モートン侯爵家宛書状】
婚約破棄は裁定院により確定。
アラン・モートン氏の廃嫡を承認する。
また、イザベル・モートン嬢に対し、児童保全命令を発令。
以後、当該人物への接触はすべて禁ずる。
――
机上の封書をひとつずつ積み重ねる。
ペン先が最後の署名を描き終えると、エドガーは軽く息を吐いた。
窓の外には、灰色の霧が立ちのぼり始めている。
街の鐘がひとつ鳴った。
◇◇◇
昼下がりの新聞社。
夕刊の見出しに新しい記事が刷り込まれていく。
---
『王立裁定院、児童保全命令を承認』
王立裁定院の法務官が提出した児童保全命令が、今朝正式に承認された。
公示では、
――“イザベル・モートン嬢はウィンダム侯爵家の後見下に移行”
と記載。
同時に、ウィンダム侯爵家が声明を発表。
――「病弱な少女を保護し、静養のために国外へ向かわせた」
---
記事は事務的な調子で結ばれている。
だが、活字の下では、二つの名門家の均衡が音を立てて崩れ始めていた。
◇◇◇
その頃――モートン邸。
レイモンド・モートンは、机の上に広げられた書状を睨みつけていた。
震える指先が封書の上を滑る。
赤い封蝋が、まるで血のように見える。
「……な、なんだこれは? 何が起こっている!?」
誰も答えない。
屋敷の空気は凍りつき、外からは報道馬車の車輪の音がかすかに響いていた。
◇◇◇
エドガー・レイブンズはその報せを静かに受け取り、窓の外に視線を向ける。
王都の霧が淡く立ちこめ、遠くで鐘がまた一度鳴った。
群青の瞳が細く光を帯びる。
「――さぁ、火は射られた」




