34 最後の面会
“グレイハウンド・ティーサロン”の特別個室。
ランプの灯が紅茶の香りに揺れ、静かな午後を照らしていた。
エドガー・レイブンズは、アラン・モートンを伴って入室する。
アランは白いシャツに深い葡萄色のウェストコート、同色のタイを締めていた。
もともと華やかな容貌の彼が、今ばかりはどこか儚げで、貴公子然とした気品を漂わせている。
エドガーは懐中時計を見てから、扉の方へ視線を向けた。
ノックの音。
遅れて、金の髪を結い上げた令嬢が、使用人に導かれて現れた。
セレーナ・ウィンダム。
淡いラヴェンダー色のドレスに、胸元のパールがほのかに光る。
緊張の面影はあるが、その佇まいには誇りと覚悟があった。
「お待ちしておりました、セレーナ嬢」
エドガーが一歩前に出て静かに礼を取る。
セレーナもスカートの裾を摘み、優雅に会釈を返した。
「――どうぞ、こちらへ」
エドガーは二人をそれぞれの席に導くと、テーブル中央のポットに手を伸ばし、紅茶を二つのカップに注いだ。
立ち上る湯気が、緊張の空気をほんの少し和らげる。
「それでは、私はこれで失礼いたします。
……お二人のお時間が、実りあるものとなりますように」
エドガーは軽く一礼し、静かに部屋を後にした。
扉が閉じる音が響くと、ランプの灯がゆらりと揺れ、残された二人の影がテーブルに寄り添うように重なる。
アランは膝の上で拳を強く握りしめた。
「セレーナ……」
青い瞳がはっきりとミルクティー色の瞳をとらえ、彼女は小さく手を挙げて彼を制した。
「謝らないでくださいませ。――惨めですわ」
セレーナの青い瞳に、ランプの明かりが差し込む。
「すべて聞きました。我がウィンダム家は、レイブンズ様の“悪巧み”に全面的に乗りますわ」
アランは目を見開き、遅れて少し笑った。
「……悪巧みか。はは、そうかもな」
「ねぇ、アラン。ひとつだけよろしいかしら」
「なんだい?」
セレーナは椅子から立ち上がり、アランの前に立った。
二人の呼吸が部屋に横たわる。
手を振り上げ、扇子で彼の頬を強かに打ち、乾いた音が部屋に落ちた。
「いって……」
彼女はまた席に着くと、穏やかに笑ってみせた。
「すっきりしましたわ」
アランは頬を押さえながら、苦く笑った。
そして、彼も立ち上がり、セレーナの前で跪く。
その手をそっと取り、額に当てた。
「セレーナ、幸せになってね」
「なりますわ。貴方よりも」
「絶対だよ」
「もちろんです。
――ねぇ、アラン、顔を上げて」
アランが顔を上げる。眉は下がり、ミルクティー色の瞳は潤んでいた。
「アラン、わたくしがイザベルを守るための駒になって差し上げます。
だから、貴方はもう、自由にお生きなさい」
彼の瞳から涙が落ちる。
セレーナは小さく息を吐き、彼の頬に手を添えて涙をすくった。
「泣かないの。男の子でしょう?」
「……ごめん」
「謝らないでって言ったではありませんか。本当に愚かね、貴方って」
「愚かじゃなきゃ、こんな素敵な婚約者を手放したりしないよ」
「その通りね」
セレーナは静かに立ち上がる。
「帰ります」
アランも立ち上がり、手を差し出した。
ほんの数歩だけの、最後のエスコート。
扉の前で、セレーナは止まり、アランを見上げた。
「もう一つだけ、意地悪を言うわ」
「なに?」
「アランは気づいていなかったみたいだけど、わたくし――貴方をお慕いしておりましたのよ」
「……え」
青の瞳は逸らすことなく、彼の瞳を見つめた。真摯に、真っ直ぐに。
ミルクティー色の瞳にまた涙が盛り上がり、堪えきれずに落ちていく。
「その涙は、恋人に拭ってもらいなさい。さようなら、モートン侯爵令息様」
手が離れ、彼女は去っていった。
扉の向こうに消えた華奢な背中を思いながら、アランは扉に手をつき、しばらく泣いていた。
◇◇◇
馬車の窓から、グレイハウンド・ティーサロンの眩い灯りを眺める。
エドガーは静かに、彼が戻るのを待っていた。
使用人に連れられて戻ってきたアランは、頬に赤い跡をつけ、目を腫らしている。
座席に着くなり、深く頭を下げた。ミルクティー色の髪が、美しくも儚く肩に落ちていく。
「エドガーさん、ありがとうございました」
「いえ、僕はアランさんをここへお連れしただけですよ」
アランが顔を上げると、エドガーは柔らかく微笑んだ。
アランも釣られるように微笑む。
馬車が動きだす。
彼らの時間がまた、静かに動き出したかのように。




