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3 モートン家の影

「君は貴族なのかね?」


 午後の聴取室。淡い陽光がカーテン越しに差し込み、漂う埃の粒がゆらめいていた。

 レイモンド・モートン侯爵を迎え、エドガーが名乗った直後のことだった。


「はい。レイブンズ男爵家の出です」

「なんだ、下位貴族か」


 ダークブラウンの髪を撫でつけ、黒い瞳を細めたモートンは、肩をすくめて鼻で笑う。

 その笑いは、相手の生まれごと測って値踏みするようだった。


 背後の書記官が一瞬だけ顔をしかめたが、エドガーが目で制する。

 静寂の中に、ペン先の小さな軋みだけが響いた。


 当主の後ろには、アラン・モートンが控えていた。

 柔らかなミルクティー色の髪を小さく束ね、同じ色の瞳を伏せたまま動かない。

 高く結ばれたシルク・クラヴァットが淡い衣装に映え、どこか浮世離れした静けさを帯びている。


「王立裁定院の中では、爵位は関係ありません。

 法に則り、正しく裁定いたします。よろしいですね?」


「ま、仕方ないだろう。何が聞きたい」


 エドガーは表情を崩さぬまま、淡々と聴取を進めた。


「今回の件、名誉毀損とは大げさではありませんか?

 倅も若い。若気の至りですよ。ただの痴話喧嘩だ。まったく……。

 いやなに、こちらも婚約を破棄にするつもりはありません」


 レイモンドが軽口を並べる間、アランは小さく身じろぎした。

 何かを言いかけては唇を噛み、エドガーの視線に気づくと、すっと目を逸らした。


 一通りの聴取を終えると、エドガーは静かに告げた。


「本日はここまでとします。お時間をいただき、ありがとうございました。

 こちらから改めてご連絡を差し上げます。

 ……モートン閣下、差し支えなければ、ご令息と二人で少しお話してもよろしいでしょうか?」


 レイモンドは立ち上がり、鼻を鳴らした。

 アランを一瞥し、「好きにしろ」と吐き捨てて、重い足取りで扉を出ていく。


「どうぞお掛けください」


 アランは小さく礼をしてから静かに腰を下ろした。

 父親が金の刺繍と宝石で飾った豪奢な服をまとっていたのに対し、彼の装いは、仕立ての良いベージュのウェストコートと同色のトラウザー、それに濃茶のブーツという、質素ながら清潔な装いだった。

 親子で並ぶと、まるで別の世界の人間のようだ。


「単刀直入に伺います。――なぜ婚約破棄を?」


 アランは大きく息を吸い、かすれた声で答えた。


「……セレーナ嬢の性格が悪いからです」


 言い終えると、すぐに目を逸らす。


「彼女は“淑女の鑑”と評判の方ですね。何か言われたり、されたことでも?」


「……え?」


 アランは目を丸くし、口に手を当て、視線を彷徨わせた。


「えっと……色々と……あったと思います」


「例えば?」


 沈黙。

 問いを変えても、青年は答えない。


「では、彼女の性格以外に、理由はありますか?」


 アランは眉を寄せ、視線を落としたまま黙り込む。

 エドガーは群青の瞳を静かに伏せ、調書に記録をつける。


 ――わかりやすい青年だ。隠しているのは、恐れか、それとも覚悟か。


「お時間を取らせてしまいました。……本日はここまでにしましょう」


 アランは立ち上がり、深く頭を下げた。

 扉へ向かいかけ、ふと振り返って、控えめに言った。


「ありがとうございました」


 その声音には怯えではなく、静かな誠実さがあった。

 事前調査で聞いた“悪辣な青年”という印象とは、あまりにもかけ離れている。


 エドガーは穏やかに微笑み、彼を見送った。

 扉が閉じる音が、聴取室に静かに響く。


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