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28 友と共犯者

 王立裁定院の聴取室に、アラン・モートンは一人、椅子に座って待っていた。

 締め切られた分厚いカーテンの隙間から、淡い白光が差し込み、壁の金縁を静かに照らす。

 整然と並んだ机の上には紙の匂いとインクの香り。

 背後の書記官席にも人はおらず、音といえば時計の針が刻む音だけだった。

 まるで、裁定を待つ罪人のような気分だった。


 召喚状に記された時刻にはまだ早い。

 アランは息を吐き、立ち上がると窓に寄った。指先でカーテンの端をそっと持ち上げる。窓からは裁定院の中庭が見えた。建物にコの字型に囲われた庭には噴水があり、植栽には手入れが行き届き、初夏の花を美しく咲かせていた。ベンチも並ぶが、早い時間だからか人の姿はなく、ただ美しい噴水と植物だけがそこに静かにあった。


 外の光が指を透かし、白い袖の上に落ちる。

 今日は久々に貴族らしい服装をしていた。

 アンナの家に置いてある礼服のひとつ。黒のウェストコートは美しいが、呼吸が浅くなるほどに窮屈だ。


 そのとき、背後の扉が静かに開く音がした。

 反射的に振り向いたアランの目に映ったのは、群青の瞳をした青年――エドガー・レイブンズだった。

 ダークブルーのフロックコートから覗く白い清潔なシャツに朝の光が淡く流れ込んでいる。


「おはようございます、モートン卿」

「レイブンズさん……おはようございます」


 アランが椅子に戻ろうとすると、エドガーは軽く手を上げて制した。

「こちらへ。少し場所を変えましょう」


 先に立って廊下を歩くエドガーの背を、アランは慌てて追う。

 階段を上がり、装飾の少ない上階の一室――その扉を、エドガーは躊躇なく押し開けた。


 室内には、朝光を受けた広い机がひとつ。

 その上に湯気の立つカップが二つ並び、窓辺には書類が束ねられている。

 重くはないが、どこか落ち着かない静寂が漂っていた。


 エドガーは静かに上着を脱ぎ、扉脇のコート掛けにかけた。


 彼は椅子を引き、手で座るよう促す。

「紅茶は貴方が来る前に用意しました。少し冷めてしまったかもしれませんが」

「……ここは?」

 エドガーが口元に笑みを浮かべる。

 黒髪が小さく揺れ、青の瞳が光を反射した。そして、静かに白いシャツの袖をまくる。

「僕の法務官室です。今日は、ここで貴方と密談をしたいな……と」

「密談……!?」

「はい。座ってください」


 アランが戸惑いながらも腰を下ろすと、エドガーは彼に一枚の紙を差し出した。

 そこには、先日ルシアンに語ったアランの証言内容が整然とまとめられていた。


「ルシアン・ヴェイル調査官から、すべて聞きました。

 貴方が守りたいもの――僕なら、守れるかもしれません」


 アランが書類を見つめ、それから顔を上げる。

 群青の瞳が穏やかに、しかし逃げ場のないほどまっすぐに彼を射抜いた。


「……本当に? イザベルも、セレーナも?」

 エドガーは小さく頷く。

「ただし、貴方には泥をかぶってもらう」

 アランは一瞬黙り、それからふっと笑った。

「俺の噂はご存知でしょう? いくらでもその役を引き受けます。

 二人を守れるなら――お安い御用です」


「この計画には、ウィンダム家の令嬢セレーナ嬢の協力が必要です。

 貴方の真実を彼女に伝えても構いませんか?」

 アランのミルクティー色の瞳が、わずかに揺れた。

「……それで、二人が助かるなら」

「むしろ彼女が鍵になる」


 沈黙。


 机の上で紅茶の表面が、わずかに震えた。

 アランが静かに問う。

「ルシアンさんは、あなたを絶対的に信じていた。……俺も信じていいんですか?」

「“信じてください”としか言えません。

 でも、信じるかどうかは――貴方の心が決めることです」


 アランの唇が、かすかに笑みに歪んだ。

「なら、俺は信じます。心がそう言ってる」

 エドガーは思わず小さく息を漏らした。

「……素直な方だ」


 アランはうつむいた。


 貴族の名のもとに生きてきたのに、誰も自分の言葉を信じてくれなかった。

 けれど、いま目の前の男は違った。

 ただ静かに、誠実に――彼の心そのものを見てくれているような気がした。


 胸の奥で、何か長く凍っていたものが、ゆっくりと溶けていった。



「うまくいきますか?」

「うまくいかせますよ、モートン卿」

 エドガーが椅子を押して立ち上がり、ウェストコートの裾を整える。

 窓の外の光が群青の瞳に反射し、淡い青の炎のように揺れた。

 アランもつられて立ち上がる。


「俺のことはアランと呼んでください。モートンの名は嫌いなんです」

「では、アラン殿」

「呼び捨てでいい。……エドガーさんと呼んでも?」

「もちろんいいですよ」


 エドガーが手を差し出すと、アランは静かにその手を握った。

 エドガーの指にはペンだこ、アランの掌は粗くて温かい。

 まるで理性と情熱が一瞬だけ交わったようだった。


「もしここが社交の場だったなら、俺は貴方と友達になりたかった」

「もう少し特別な関係ですよ。――共犯者、ですからね」


 エドガーがもう片方の手を重ねると、アランも笑いながら手を重ねた。

 紅茶の香りの中で、二人の影が机の上で静かに重なる。


「きっと、これから大変になりますよ。覚悟してください」

「任せました、エドガーさん」

「はい」


 エドガーが柔らかく微笑む。

 その瞬間、外の雲間から光が射し込み、二人を包んだ。

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