27 金の光の下で
王都オルドンの夜を、金の光が包んでいた。
王宮大舞踏会――年に一度、王家主催で催される最大の社交の宴。
大理石の床は蝋で磨かれ、百の燭台がその光を幾重にも反射している。
弦楽四重奏の柔らかな調べに合わせ、貴族たちの笑い声が花の香りと混じり合って漂った。
白金のドレスを纏う婦人たち、勲章を胸に輝かせた紳士たち――
そのどれもが、表面の微笑の下に己の思惑を隠している。
ウィンダム侯爵令嬢セレーナは、父に伴われてゆるやかに会場へと入った。
淡い水晶色のドレスに、夜明けを思わせる青い宝石が胸元を飾る。
彼女が一歩進むたび、周囲の視線が静かに流れる。
婚約破棄という醜聞の渦中にありながら、その立ち居振る舞いは一分の曇りもなかった。
――あれがウィンダムの娘か。
――よく顔を出せたものだ。
囁き声を、彼女は扇子の奥の微笑で受け流した。
その瞳は静かに、氷のような光を宿している。
やがて、群衆の向こうで赤いワインのグラスが傾いた。
艶やかな淡い茶髪、涼しげな灰の瞳――モートン家の次男、リチャード・モートン。
彼はグラスを軽く揺らしながら、唇の端を歪めた。
「……これはこれは。ウィンダム侯爵家の麗しきお嬢様ではありませんか」
セレーナは振り返り、完璧な笑みを浮かべた。
「ごきげんよう、リチャード様。お久しゅうございます」
「兄が……いえ、我が家がご迷惑をおかけしましたね」
リチャードは言葉を選ぶように一瞬間を置き、しかしその目だけは彼女の身体を舐めるように上下する。
「ですが、あなたのような方には、もっと相応しい伴侶がいるはずです。
――たとえば、私のような」
セレーナは扇子を閉じ、瞳を細めた。
「ご冗談を」
「冗談ではありませんよ」
リチャードはさらに一歩近づき、彼女の香りを吸い込むように微笑む。
「あなたの美しさは、兄には過ぎた。
けれど……私なら、きっと扱い方を心得ております」
セレーナは一瞬だけ視線を落とし、そして柔らかく微笑んだ。
「リチャード様。ウィンダムの娘は、“扱われる”ために生きてはおりませんのよ」
そのまま軽やかに一礼し、彼の脇をすり抜ける。
背後で、リチャードが小さく舌打ちをした。
セレーナは静かな息をつき、バルコニーへと出た。
外の夜風は冷たく、遠くで王都の灯が霧に滲んでいる。
ホールから漏れる音楽が微かに揺れ、グラスを持つ手に月の光が落ちた。
彼女はそのまま低く呟いた。
「……下衆な男」
ワインの赤が月明かりに溶ける。
扇子を閉じる音が小さく響き、セレーナは背筋を伸ばしたまま、再び煌びやかなホールへと歩み戻った。
あまりにも美しいその姿を見て、もう誰も彼女を“敗者”とは呼べなかった。




