19 告解室にて
王都の東端、通りから少し奥まった場所に、古い石造りの教会がある。
昼間は人影も少ないが、夜ともなれば完全に静まり返り、蝋燭の灯りだけが祭壇の金細工を淡く照らしていた。
ステンドグラスの外は霧。
冷えた風が吹き込み、遠くの鐘がひとつだけ、低く鳴る。
扉を押し開けたエドガーは、帽子を軽く取って会釈し、礼拝堂を横切る。
右手の壁際――古びた木製の告解室。
扉の隙間から灯りが漏れていた。
中へ入ると、格子の向こうにアーサー・グレイが座っていた。
治安監察局の制服の襟を少し緩め、両手を膝に置いている。
いつもの熱を押し殺して、静かに息をついていた。
「レイブンズ法務官……この時間に会うなんて、懺悔でも?」
軽口めいた声。
だが、その瞳は真剣で、どこか少年のような信頼の色を宿していた。
エドガーは微笑むと、格子越しに小さく首を振った。
「懺悔かもしれないね」
「……御冗談」
「ふふ。君個人に話したいことがあった」
アーサーが目を細める。
「つまり、極秘任務ですね?」
「そう。気づかれないように、丁寧に。
――ひとつ、“罠”を張りたいんだ」
告解室の狭い空間に、二人の低い声だけが響く。
蝋燭の炎が小さく揺れ、木の格子の影が互いの頬に落ちた。
「証拠は揃いつつあるが、まだ決定打が足りない。
裁定院ではもはや管轄外だ。治安監察局側からも動いてほしい」
「わかりました。俺ひとりでやる」
「うん。……君を信頼している」
短い沈黙。
アーサーは胸の奥で息を吸い、格子の向こうの影に向かって小さく笑った。
「やっぱり、あなたはずるい人だ。そんな言い方されたら、命だって張れる気がする」
「そんな大げさなことは望んでいないよ。僕はただ――君が情熱を忘れないことを願っている」
その言葉に、アーサーは一瞬、言葉を失った。
そして、わずかに頬を紅潮させて視線を落とす。
「……相変わらずだな。言葉の選び方が」
外で風が鳴り、ステンドグラスの影が床をかすめた。
蝋燭の灯がひとつ、パチ、と音を立てる。
「エドガーさん、もし俺がしくじったら?」
「その時は僕が拾うよ。……それが本職だから」
淡々としたその言葉に、アーサーの胸の奥に熱が灯る。
「了解。……報告は?」
「ここに。週の終わり、鐘が三つ鳴った後に」
エドガーが立ち上がり、静かに帽子を被る。
扉を押し開けた瞬間、霧の匂いが入り込んだ。
「エドガーさん」
「ん?」
「正義ってやつは、案外あなたみたいな人のほうが向いてるのかも」
「そんなことないよ。僕のことをたまには疑ったら?」
エドガーの声に、アーサーは笑った。
「無理だ。信じるって決めた」
エドガーは肩越しに一度だけ振り返る。
淡い光に浮かんだ群青の瞳が、ほんの一瞬だけ笑った。
「――じゃあ、よろしく」
扉が静かに閉まる。
外の霧の中、エドガーの靴音が石畳を打って遠ざかっていった。
教会の中には、蝋燭の炎と、わずかな祈りの香りだけが残った。




