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17 月明かりの証拠

 王都オルドンの夜は、夏を前にしてもなお冷たい。

 霧は昼よりも濃く、ガス灯の明かりを呑み込みながら街を覆っていた。


 黒い外套の影は、石畳の上を音もなく進む。

 ルシアン・ヴェイル――外部調査局特別調査官。

 彼の後ろには、夜の闇に溶けるような小さな影がいくつも続いていた。ミストラッツの子どもたちだ。


「兄貴、あの屋敷がそうだな」

 低く囁くのは、短髪のトビー。

 彼が指差す先には、霧の中に沈む古びた建物――

 モートン家の資金が流れ込んでいると目される高級娼館〈ローズメア〉。


 表向きは貴族の社交場、だがその奥では“品物”の取引が行われている。

 それを裏付ける記録をつかむのが、今夜の目的だった。


「いいか、俺の合図で動け。

 トビーとエルザは裏手の荷受け口。出入りの商人の記録を。

 フィンとリタは厨房口から――納品台帳を見つけろ。

 俺は正面を回る。……くれぐれも、捕まるな」


 ルシアンの声は低く、しかし穏やかに響いた。

 子どもたちは一斉に頷く。トフィーを分け合うように、短い手が小さく重なる。


「じゃあ、行こうか。月が雲に隠れたら合図だ」


 しばしの沈黙。

 やがて空を漂う雲が月を覆い、光がすっと消えた。


 ――その瞬間、影が動く。


 裏手の扉がわずかに軋む。トビーが針金を操り、鍵を外す。

 中からは香の匂いと女たちの笑い声が漏れてくる。

 彼らは身を低くして、埃っぽい廊下を駆け抜けた。


 リタは薄暗い厨房で、帳簿の束を見つけて懐に押し込む。

 フィンは床下に潜り込み、破り捨てられた紙片を拾い集めた。

 トビーは出入りの記録をつける古い帳面を見つけ、ページを破らぬよう丁寧に抜き取る。


 一方、ルシアンは正面の応接室に入り込み、壁際の金庫を探っていた。

 中には、金貨と宝石のほか、焦げ跡の残る黒い帳簿。

 彼は唇を歪めると、そっと懐に滑り込ませる。


「……悪趣味な連中だ」


 月が再び雲の切れ間から顔を出す。

 その光を合図に、ミストラッツたちが次々と屋敷を抜け出した。

 霧の中で短い口笛が響き、全員が集合地点の裏路地に集まる。


「兄貴、全部揃った!」

「よくやった。もう帰れ。明日の朝は何事もなかった顔をしてろ」

「兄貴は?」

「俺は確認しておく。――いい仕事だったな」


 ルシアンは子どもたちの頭を軽く撫で、闇の中に消えた。


 ◇◇◇


 官舎寮――王立裁定院の裏手にある、灰色の石造りの建物。

 彼の私室は三階の端。

 机と椅子、寝台一つ、窓際の小さな棚。装飾らしいものはほとんどない。


 静まり返った廊下を抜け、ルシアンは自室の扉を閉める。

 鍵を掛け、机の上にランプをひとつだけ灯す。

 その淡い光が、持ち帰った帳簿の山を照らした。


 焦げ跡の残る紙、破られたページ、商人の印章。

 そのどれもが、モートン家の資金の流れを裏付ける確かな証拠だった。


 ルシアンは指先で紙の端をなぞり、長く息を吐いた。

「……やっぱりな」


 月明かりが窓から差し込み、机の上の帳簿の金文字を淡く照らす。

 彼は一枚の明細に目を留めると、口の端をゆるめた。


「――ビンゴ」


 小さな声が、静かな部屋に溶けた。

 それは、戦場の歓声にも似た、調査官の勝利の呟きだった。

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