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15 朝のざわめきの中で

 石畳が朝の光を弾いていた。

 王都オルドンはすでに目を覚まし、夏の気配を含んだ風が通りを抜けていく。

 パン屋の軒先からは香ばしい匂いが漂い、道端では新聞売りの少年が声を張り上げていた。


「王立議会、次期予算案を協議中だってさ!」

 少年の小さな声に足を止め、エドガーは懐から銅貨を一枚取り出す。

「ありがとう」

 新聞を受け取ると、少年は得意げに笑い、また駆け出していった。


 石畳を打つ革靴の音。

 行き交う人々の話し声、荷馬車の軋む音、馬の鼻息。

 霧に沈んでいた冬の街とは違い、今のオルドンは柔らかな光と熱をまとい、どこか軽やかだった。

 古い街灯の影が短くなり、商人たちの呼び声が通りを満たしていく。


 新聞を折りたたんで腕に抱えると、角を曲がった先で、見慣れた靴磨きの少年が手を振った。

「おはようございます、法務官さま!」

「おはよう。今日も早いね」

 短く笑って返し、彼は歩を進める。


 やがて白い石造りの裁定院が視界に入る。

 朝陽を受けた王紋が鈍く光り、鉄門の向こうでは職員たちが次々と出勤していた。

 その正門の前に、黒い外套を翻して立つ影がある。

 腕を組み、仁王立ちで待つその姿は、まるで戦場に立つ兵士のようだ。


「これは……なかなか熱烈な出迎えだね」

 エドガーが苦笑すると、ルシアンはきりりとした声で答えた。

「おはよう。話したいことがある」


 初夏の朝のざわめきの中、二人の影がゆっくりと並んだ。


「歩きながらでも話せることかい?」

「……」

 ルシアンはちらとエドガーを見たが、すぐに前を向いた。

 エドガーはダークブルーのフロックコートの裾を揺らしながら微笑む。

「なら、部屋で待っていれば良かったのに。そんなに僕の顔が見たかったのか?」

「悔しいが、間違っちゃいない」

「それは光栄だね」


 二人は市松模様の石床を踏みしめ、足音を響かせながら玄関ホールを抜けていく。

 一階はすでに人の出入りが多く、書類を抱えた書記官や事務職員、法務官たちが軽く会釈を交わしながら行き交っていた。

 高いアーチ構造の天井にはガス灯のシャンデリアが吊られ、朝の光を受けて淡く金色に揺れている。


 上階へ続く奥の階段を並んで上がる。

 階を上がるごとに、ざわめきは遠ざかり、静寂が支配していった。


 三階――法務官室が並ぶ階。

 木張りの廊下を進み、最奥の部屋、〈E.レイブンズ〉の名札が掛かった扉を開けると、紅茶と紙の香りがふわりと舞った。


「おはよう、ピップ」

 エドガーが声をかけると、机に紅茶を並べていたピップが笑顔で振り向いた。

「サー! おはようございます!

 あっ、兄貴も来たんですか? お茶、もう一杯持ってきますね!」

 慌ただしく部屋を出ていく背中を見送り、エドガーは帽子と杖を置き、コートを脱いで席に着いた。


 朝日を背に、彼は静かにルシアンへ手を差し出す。

「――話して」


 ルシアンは革製の書類ケースから束を取り出し、机の上に置いた。


「まずはウィンダム家から。

 彼らは、まさに“貴族らしい貴族”だ。

 今は貿易と鉄道事業への投資で繁栄しているが、かつては人身売買や奴隷取引のオークションを大々的に開いていた。

 もっとも、法改正の噂が立った時点で潔く手を引いたようだ。

 モートン家とは古くからの付き合いだが、今では“監視役”を装いながら、裏ではモートン家から利益を吸い上げている」


「なるほど。清廉な仮面を被った搾取者か」

「その通りだ。

 ウィンダム家は法の上では白。だが、性根は真っ黒だ。

 セレーナ嬢も典型的な貴族令嬢で、落ち度は見当たらない」


 エドガーは頷き、視線を書類からルシアンに戻す。

「ありがとう。……それで? 君がわざわざ門前で仁王立ちしてまで話したかったこととは?」


 ルシアンは沈黙のあと、両手を机についた。

 その琥珀の瞳がまっすぐにエドガーを射抜く。


「――エドガー、助けてほしい」


 エドガーは群青の瞳で彼を見上げ、穏やかに息を吸った。

 朝の光が窓から差し込み、二人の間に淡い影を落とす。

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