第6話:もう電話してこないで
ホワイトデー。
私は、少しだけ期待していた。
お返しがあるかどうか――というより、
彼が、あの日のことをどう思っていたかを知りたかった。
放課後。
部活の片づけをしていたとき、テニス部の知人が私の前に現れた。
ビニール袋を手にして。
「これ、彼から。預かってきた」
差し出されたのは、小さくラッピングされたクッキーだった。
リボンの色も控えめで、たぶん市販のもの。
だけど、それを彼が選んだということ。
わざわざ誰かに託してでも、届けようとしたということ。
その事実だけで、胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。
けれど――同時に、引っかかる気持ちがあった。
どうして、直接じゃなかったの?
言葉も、視線も、何もないまま。
その答えは、結局、聞けなかった。
そのまま春休みに入り、日常が少しずつゆるむなか、私は部活仲間と久しぶりに顔を合わせた。
何気ない会話の中で、彼の話題が出た。
「え、知らないの? 彼、転校したよ」
その一言で、息が止まりそうになった。
詳しく聞くと、転校の話はかなり前から出ていたらしく、
彼は誰にも言わないよう、頼んでいたという。
「ごめん……俺も言えなかった。あいつに頼まれてて」
言葉が、頭の中でうまくつながらなかった。
悲しいのか、怒っているのか、自分でもよくわからない。
けれど、胸の中にはどうしようもない渦が生まれていた。
家に帰って、私は携帯を手にとった。
ためらいながらも、彼の番号を押した。
呼び出し音のあと、彼が出た。
声は、変わっていなかった。
「……どうして、言ってくれなかったの」
その問いのあと、しばらく沈黙が続いた。
「……ごめん。驚かせるのが嫌だった」
淡々とした声。
それだけで、会話が終わってしまいそうだった。
私は、何も言えなかった。
「……じゃあ、元気でね」
そう言いかけた、その瞬間。
彼の声が、少し強くなった。
「……もう電話してこないで」
時間が止まったように感じた。
言葉の意味がすぐに理解できなくて、思考が凍った。
傷つけたくなかったのかもしれない。
もう会えないから、心に線を引きたかったのかもしれない。
だけど、そのときの私は、ただ――
深く、傷ついた。
「……わかった」
そう言って電話を切ったあと、
静かな部屋の中で、涙が音もなくこぼれた。
あんなに、話したかったのに。
ほんとうは、もっと聞きたいことがあったのに。
最後に聞いた声が、それだったなんて。
それが、彼との最後の会話になった。