第4話:あのとき、彼の目が怖かった
秋の大会は、近隣の男子校が会場だった。
少し格式のあるその学校は、広々とした校庭と立派な体育館を備えていて、
風の流れまでもが、どこか整って見えた。
私は友人と並んで、アナウンス係を任されていた。
マイクに向かって、試合の順番や選手名を読み上げるたびに、
胸の奥がひとつずつ、緊張と高揚で波打った。
それでも、少しだけ誇らしかった。
こんなふうに、誰かの目に映る自分を意識するのは、初めてだったから。
試合の合間。
控え室の前を通りかかったとき、知らない男子校の生徒たちが私たちに声をかけた。
「翠ヶ丘高校に、こんなかわいい子いたんだ」
からかうような口調だったけれど、笑顔は本気のように見えた。
「写真、撮ってもいい?」とまで言われて、私は苦笑いしながら首を振った。
視線の中に、火のような熱を感じた。
――そして、その様子を。
彼が、少し離れた場所から見ていた。
試合が始まった。
翠ヶ丘高校の一年生代表として、彼がコートに立った。
対戦相手は、さっきの男子校のエース。
試合前、相手のエースがこちらを見ながら言った。
「さっきの子、アナウンス嬢でしょ? 俺、あの子の声、好き」
その言葉に、彼のまなざしが変わった。
表情は変わらなかったけれど、
その奥に滲むもの――怒りとも、焦りともつかない感情が、私にはわかった。
試合は、ストレートで負けた。
彼はラケットを強く握りしめたまま、無言でコートをあとにした。
その背中を、私は目で追いながら、何もできなかった。
夜。
合宿所の部屋で、私はひとり、携帯を握っていた。
友人に背中を押されて、思いきって、彼の番号を押した。
呼び出し音のあいだ、心臓の音が、身体の内側に響いていた。
「……怒ってるなら、ごめんなさい」
しばらく、沈黙。
「……別に、怒ってないよ」
ただ、それだけだった。
優しいとも、冷たいとも言いきれない声。
けれど、その声の奥には――わずかに、熱がにじんでいた気がした。
電話はすぐに終わった。
切ったあと、私は胸に手を当てていた。
(私、何か間違ったかな……)
彼の目が、少し怖かった。
でも、それはたしかに――
私を、見ていた目だった。