第2話:ぶっきらぼうな彼
テニス部の練習が始まった。
私は放課後になると、翠ヶ丘高校の古いコートへと足を向けるようになった。
少し傾いた日差しに照らされながら、ラケットの音がぽん、と軽く響く。
部室で着替えを終えた先輩たちが、順にコートへ現れるころ、
彼ら一年生は、まだ「仮入部」のような立場で、外で着替えていた。
その光景に、最初は何も感じなかった。
ただ、ある日のことだった。
視線を向けた先で、彼が制服のシャツを脱いでいるところだった。
白い布がふわりと風に揺れて、素肌がちらりと見えた一瞬。
私は慌てて目をそらし、そのまま小走りにコートの奥へ駆け抜けた。
「……見てない、見てない」
誰にも聞こえないような声で、自分に言い聞かせる。
コートの隅に置かれたカゴに、ボールをひとつ、またひとつ詰め込む。
ざわざわする胸の奥。
あの時、空にまだ残っていた陽射しと、汗のにおいと、夕方の風の混ざった空気――
今もその匂いを、はっきり思い出せる。
それは、日曜日の午後のことだった。
部屋でぼんやりと窓の外を眺めていると、
見慣れない自転車の集団が、通りを走っていった。
先頭の男子が、前を指さしながら言った声が聞こえた。
「あれじゃね?」
次の瞬間、ひとりが振り返った。
その目が、私の部屋の窓と、まっすぐにぶつかる。
彼だった。
一瞬、時が止まったようだった。
そして彼は、すっと人差し指を唇にあてて、
「シーッ」と無言の合図を送った。
笑ってはいなかった。
でも、その仕草は、どこか恥ずかしそうで――
私は思わず笑って、そっとカーテンを閉じた。
家を見に来たんだ。
それだけのことが、胸の奥に、あたたかくてくすぐったい何かを残していった。
「……なんなの、もう」
自分でもうまく言葉にできない気持ちが、
頬をじんわりと赤く染めていた。