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第1話:あの春、テニスコートの匂い

ときどき、彼の夢を見る。

まるで、季節が忘れたころにふいに訪れるように。

そのたびに私は、言葉にならない涙で目を覚ます。


夢の中の彼は、いつも15歳だ。

黒の学ランを着て、夕暮れの校舎裏に立っている。

少し風が吹いていて、彼の髪が、ゆるく揺れている。


私は、あの頃のままの姿で、彼の隣にいる。

何気ない話をしている気がする。でも、言葉はない。

彼は笑っているのに、なぜか一言も声を出さない。

まるで、「話してしまえば消えてしまう」と知っているみたいに。


私もまた、何も言わない。

ただうなずいたり、微笑み返したり――

それだけで、すべてが伝わるような気がしていた。


音のない夢。

でもその沈黙は、現実よりもあたたかくて、深い。


目が覚めたあと、しばらく布団の中で天井を見つめる。

夢の中の彼の姿が、まぶたの裏に残っている。

もう何年も前のことなのに、彼は、何ひとつ変わっていない。


私は大人になった。

いくつも季節を越えたし、名前を呼んでくれる人も変わった。


――けれど彼だけは、今もあの春のまま。

これからもきっと、私の中で、永遠に15歳のままだ。





15歳の春。

校舎の裏庭で、友人とふたり、マネージャー勧誘の輪に囲まれていた。


サッカー部、野球部、バスケ部。

どの部活も、男子たちの声はまっすぐで、熱を帯びていた。


「マネやってよ!」


そんな呼びかけに、うまく断る言葉も見つからず、私はただ困ったように笑っていた。


私たちは、どこかクラスで浮いていた。

手をつないで行動していないと、不安定になるほど、居場所がなかった。

女子の集団はまだ中学の延長のようで、

無所属のままいることが、なぜか許されないような空気だった。


結局、まだマネージャーがいないと聞いたテニス部に決めた。

校舎の端、ひっそりとしたプレハブ小屋が部室だった。

薄暗い扉の向こうで、先輩たちに挨拶をすると、部長がこう言った。


「今度、大会あるから、見に来てね」


その言葉の通り、私は試合会場に足を運んだ。

けれど、そこに並ぶのは、どこも同じような学ラン姿の男子ばかり。

誰がどの高校なのか、見分けがつかない。


焦って、襟元の校章を頼りに視線を走らせて、ようやく見つけた。

同じ校章をつけた一人に、声をかけた。


「あの……翠ヶ丘高校の方、ですよね?」


彼は少しの間、私を見つめていた。

その目に、戸惑いと、何か確信のような光があった。


そして、わずかに口元をゆがめて、笑った。


「……俺のこと、覚えてないの? ちょっとショック」


胸の奥が、きゅっと音もなく縮んだ。


「……ごめんなさい。どこかで、お会いしてました?」


「部室に、挨拶に来たとき。俺、いたよ」


ぶっきらぼうな声だったけれど、彼は少しだけ目を細めながら、あっちだよと先輩たちのいる方向を指差した。


そのときは、それだけの会話だった。

けれどその日から、私は――

毎日のように、彼の背中を目で追うようになった。


挿絵(By みてみん)

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