偽りの遺物と真贋の目
村の広場が、朝からやけに賑やかだった。
露店が並び、にぎやかな声が飛び交うその中心に――ひときわ目を引く男がいた。
派手な赤紫のマントを翻し、指には無駄に多くの指輪、胸元には魔道ブローチ。
そして、芝居がかった声とともに、何かを掲げている。
「見よ、この輝き! 古代王国にて英雄騎士が愛用したとされる魔導剣、《ルヴィエ・フレア》の真作だ!」
群がる村人たちから、どよめきが起こる。
「本物か!?」
「すごい……炎が浮いてる!」
「さすがクロードさんだ!」
クロードは満面の笑みを浮かべ、口元に手を当てる。
「もちろん、真贋には保証をつけよう。なんと今回に限り、たったの金貨十枚!」
「高っ!」
エリナが思わず叫んだ。
「師匠、あんなの絶対怪しいよ! あの人、前もしゃべる指輪とか言ってたけど、ただのブローチだったもん!」
「しゃべるブローチだったんだよ、それはそれで可愛いだろ?」
のんきな声が背後から返ってくる。
ライルは、例によってくたびれたローブ姿で、ゆっくりと露店へと歩み寄っていた。
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「やあ、ライル。まさか君も伝説の一振りを見に来たのかい?」
「クロード。相変わらず景気のいいことだ」
二人の間に妙な空気が流れる。
互いに過去を知っているらしく、言葉にしない火花がパチパチと。
「ほら、この剣――柄の部分をよく見てくれ。この装飾、炎属性の魔導石。そして刀身には、熱波を帯びるエンチャントの痕跡が……あるような、ないような……まあ、雰囲気って大事だよね」
「見せてもらっていいか?」
ライルが手を差し出すと、クロードは笑って渡す。
「どうぞ。私としても、君のような鑑定バカに認めてもらえたら、本望さ」
ライルは剣を持ち上げ、ぐるりと一周観察する。
金属の質感、装飾の焼き込み、魔導石のセッティング――
……そして、柄の内側、見えない位置に刻まれた製造印。
「ふむ。〈工房ラバル・三代目・模造〉……これは王都で百年ほど前に流行った贋作コレクションだな。素材も量産品で、魔導石も空石。エンチャントの痕跡は、ただの熱加工の名残だ」
「……えっ」
周囲の村人たちが、ざわざわと動揺する。
クロードは肩をすくめて、全く動じない。
「さすがだね、ライル。でも、ちょっと補足させてくれないかい?」
彼は剣を取り返し、にっこりと笑って言った。
「これは確かに、本物の伝説の剣じゃない。でもね、この剣は、そう見えるように作られた、ある意味で傑作だよ。贋作師の技術と、工房の歴史を宿している。そこに物語があると、私は思うのさ」
その言葉に、ライルの目が細められる。
「……クロード。君はいつも物語を売ってるつもりかい?」
「もちろん。真実は時に退屈だ。でも、語られる物語には、夢がある。君だって、そうだろ? 用途じゃなく、物語を見てる」
その一言に、ライルはしばし黙った。
そして――
「……いい目をしてるな、この贋作は。丁寧に作られてる」
「だろう?」
「でも、村人にそれを本物だと売るのは感心しないな。次は、最初から贋作の物語として語ってくれ。そうすれば、もっと高く売れるよ」
にやりと笑うと、クロードは大げさに頭を下げた。
「ははっ、師匠のお言葉、肝に銘じるよ!」
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騒動の後、広場を離れたライルに、エリナが駆け寄る。
「ねえ、師匠! あの人、あんなにズルいことしてたのに、怒らないの?」
「ズルいとは少し違うかな。クロードは、あれで誠実な方さ。偽りの中にある本気に、僕は敬意を払うよ」
エリナはまだ納得がいかない顔をしていたが、それでも少しだけ、考えるようにうなずいた。
「……わたしも、ちゃんと本物が分かる目、欲しいな」
「うん。きっと、すぐに持てるようになる。見る目は、数じゃなく愛情の深さで育つからね」
その言葉に、エリナはパッと笑顔になった。
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その夜。ライルは机の上に置いた贋作の小剣を手に取り、小さく呟く。
「偽物でも、心を動かすことはできる……。道具の価値って、やっぱり、使う人と語られる物語なんだな」
ふと、フィーリが現れて、興味津々で剣を覗き込んだ。
「これ、火が出ないの? でもかっこいいねー! 飾っていい?」
「……いいよ。ただし、火をつけるのはやめてくれ」
「えーっ、バレたー?」
そんな他愛もないやり取りの中でも、ライルの中では確実に、次なる本物への興味が芽生えていた。