かつての弟子、今は依頼人
その朝は、突然の騒がしいノックから始まった。
「ライル! 開けてくれ、急ぎだ!」
聞き覚えのある声に、ライルは驚きつつも扉を開けた。
「……セイン?」
銀髪を風になびかせ、冒険装備のまま立っていたのは、かつての弟子――セイン・リースだった。
「悪い、突然で。でもどうしても、お前にしか見てもらえない物がある」
そう言って、彼は肩掛けのバッグから金属製の箱を取り出した。
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「これは……見たことがない構造だ」
ライルは、慎重に箱を机に置き、ルーペと魔素反応計を取り出した。
箱の素材はおそらく、古代の星鉄をベースにした特殊合金。刻まれた文様は、現代の魔導言語とは異なる、断片的な記号だった。
「発掘現場は?」
「西の山地、かつて、浄化の砦って呼ばれていた遺構の跡だ。正式な調査団より先に入ったから、記録は……正直、ちょっとグレーだ」
「……お前、相変わらずだな」
呆れつつも、ライルは興味を抑えきれなかった。
箱には明らかに『封』の魔法が施されている。だが、それは古代の封印方式。解析には時間がかかりそうだった。
そのとき――。
「きゃっ!」
テーブルの上で、勝手に箱が震え、フィーリが慌てて飛び退いた。
「うわ、なんか、ぞわぞわする……変な感じ!」
「フィーリが反応してる……やはり、ただの容れ物じゃないな」
ライルは手を止め、セインに向き直る。
「中を見たいんだろう?」
「ああ。だけど、無理に開けて暴走されたら困ると思ってな……」
「正解だ。無理にこじ開けると、こういうのは、自壊するかもしれない」
しばし沈黙が流れた後、ライルは深く頷いた。
「少し時間をくれ。この封印、解けるかどうか試してみよう」
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夕方。ライルの作業小屋には、古文書と魔導具が散乱していた。
「この記号……再帰の印。そしてこっちは、視点の転位か……」
かつて王都で学んだ知識の断片と、村で拾い集めた古い道具の知恵が交錯する。
ライルの思考は、久しぶりに熱を帯びていた。
「こういうときの師匠って、すごく活き活きしてるよね」
エリナが、半ば呆れたように呟く。
「そりゃあ、楽しいからな。未知の構造、未解明の魔導式……答えがあるかどうかもわからない。けど、だからこそ――」
「――ワクワクするんでしょ?」
「……まあ、そういうことだ」
ライルは静かに笑った。
そして夜更け、ついに封印が一部だけ解除された。
「よし……セイン、開けるぞ」
「わかった」
二人は慎重に箱の蓋を持ち上げた。
中には、小さな球体がひとつ。
透き通るような素材で作られ、その中心に微かな動きがあった。
「……魔素が、循環してる?」
「いや、これは……記憶かもしれない。装置が自己維持を繰り返してる……意志に近い」
ライルが手を伸ばしかけたそのとき――球体が淡く発光した。
『――記録開始。対象識別:■■■■■■・ノルディス』
その声は、聞き覚えがあった。
以前、記録装置から再生された彼女の声――セラのものだった。
『このコアは、私の研究の最後の成果。完全には完成していない。だが、見つけた者がいれば、続きは託すと決めた。ライル。見ているだろう?』
声はそこで途切れた。
「……やはり彼女は、あの研究を完成させようとしていたんだ」
セインが低く呟く。
「ライル。このコア、お前に預けたい。俺には扱えそうにない」
「いいのか?」
「ああ。俺には、これを活かす知識がない。それに……お前が見つけるべきだと思う。あの人が残した次を」
しばらくの沈黙ののち、ライルは頷いた。
「預かろう。これは、彼女の意思そのものだ」
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その夜、ライルは小屋の棚に球体を静かに置いた。
隣には、これまでに集めた数々の魔導具が並んでいる。
「君の物語は、まだ終わっていなかったんだな……セラ」
ライルは小さく呟いた。
そしてその背中には、エリナ、フィーリ、そして再び旅立つセイン――それぞれが、違う形で探求の灯をともしていた。
すべての道具には、物語がある。
そして、その物語が誰かに受け継がれる限り――その価値は、失われない。