忘れられた地下室
ある静かな午後のことだった。
ライルは家の倉庫で、古びた棚をどかしていた。埃をかぶった魔導具の山を片付けようと、ふと思い立ったのだ。
「こっちの木箱の裏、妙に隙間があるな……」
手で壁を叩くと、軽く空洞のような音が返ってきた。
不思議に思い、床の一部を剥がしてみると、そこに――
「……扉、だと?」
木の床板の下に、金属製の小さな扉が隠されていた。
錆びついていたが、しっかりと鍵がかかっている。
====
「地下室って……この家にそんなのあるなんて聞いてないよ!」
エリナが目を丸くして言う。
その後ろではフィーリが「隠し扉だー! 冒険のにおいー!」とはしゃいでいる。
「正確には、元々あった家の一部だったのかもしれない。この家は何度か改築されている形跡がある」
ライルは鍵の部分を慎重に観察し、魔導具の解錠器具を取り出した。
数分の作業の後、ガチャリと鈍い音を立てて錠が開く。
扉の下には、苔と埃にまみれた石の階段が続いていた。
====
薄暗い階段を下り、ランプの光を頼りに進むと、小さな部屋が現れた。
その中央に置かれていたのは――
「……見覚えがある」
ライルは、目の前の装置に驚きの声を漏らした。
それは王都でかつて開発されていた「多機能型試作魔導具」
情報収集、探知、封印解除などの機能を一台に詰め込んだ、万能型とも言われた失敗作だった。
「なんでこんなものが……?」
他にも、見覚えのある道具がいくつも並んでいた。
小型の結界展開装置、空間固定用の石板、未登録の魔素変換コア――。
「これ、王都の備品じゃないの……?」
ライルは奥の棚で、一枚の羊皮紙を見つける。そこには見覚えのある筆跡で、こう書かれていた。
『これは、残すための場所。君ならきっと、見つけてくれると信じてる』
「……これは、セラの文字だ」
前回の記録唄で聞いた名――かつての同僚、セラ・ノルディス。
彼女が遺したとされる言葉が、ここにも刻まれていた。
====
それから数日、ライルは発見されたアイテムのひとつひとつを鑑定し、記録していった。
その中の一つに、ライルの眉がピクリと動く。
「これは……拡張記憶素子?」
まるで脳のように情報を記録し、他の魔導具と連携して学習することができるコア。
だが、王都でもまだ理論段階だったはずだ。
なぜ、それがここに?
「セラは、自分たちの研究を誰にも奪われないよう、ここに避難させたのか……?」
だとすれば、この地下室そのものが「失われた技術の保管庫」なのかもしれない。
====
夜、作業を終えたライルは、小屋の前のベンチでエリナと並んで座っていた。
「ねえライル、その人……セラさんって、どんな人だったの?」
エリナの問いに、ライルはしばらく考えてから、口を開いた。
「まっすぐで、頑固で……そして、非常に優れた技術者だった」
「好きだった?」
唐突な問いに、ライルはむせかけた。
「……それは、どうかな」
「でも、大事な人だったんでしょ? 声も、文字も、残ってるって、すごいことだよね」
「……ああ。彼女は、技術だけじゃなく、想いも残す方法を探していたのかもしれないな」
空を見上げると、星がきらめいていた。
その光のひとつひとつに、誰かの物語が宿っているように思えた。
====
地下室の発見は、村に新たな知の扉を開いた。
かつて失われたと思われていた技術は、確かにそこに存在していた。
そしてライルの前には、過去と未来をつなぐ新たな探究の道が、静かに広がっていく――。