図書室なき時代の解読
「これは……記録装置だな。だが、随分と古い型だ」
ライルは机の上に置かれた装置を眺めながら、ゆっくりとため息をついた。
金属と木材が複雑に組み合わさった装置。中央に魔導水晶のスロットがあり、微かな魔素残留が漂っている。
セインが持ち帰った遺跡から見つかったもので、内部には何かが記録されているらしい。
だが、解析には今では失われた形式の呪文式と、再構成に必要な補助魔法陣が必要だった。
「解析、できるの?」
心配そうにのぞき込むエリナに、ライルは軽く微笑んだ。
「できるというより、なんとかするという感じだ。幸い、この村には頼れる知恵袋がいる」
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「ふんふん、こりゃまた懐かしいもんを持ち込んできたねぇ」
薬草の香りが漂う小屋の中、マルダおばあちゃんが丸メガネ越しに装置を見つめる。
猫をひざにのせ、指先で装置の端を軽く叩くと、カラカラと内部で何かが転がる音がした。
「これは、記録唄を使ってた時代のもんだよ。文字じゃなく、呪詠で記録を残す方式さね……あんた、こんなの覚えてる?」
「……王都の資料室で一度だけ、類似品を見たことがある。記録唄の再生には、対の共鳴符が必要だったはずだが……」
「そうそう、それそれ」
マルダは戸棚を探り、古ぼけた小箱を取り出す。その中から、翡翠色の小さな符を取り出した。
「うちにまだ残ってたよ。こいつがあれば、記録唄は再生できるさ。ただし――」
おばあちゃんの声が少しだけ低くなる。
「その唄の中に、聞いてはならないことがあるなら……あんた、止める覚悟も持っとくんだよ」
「……ええ」
ライルは深く頷いた。
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装置に符が差し込まれると、淡い光が天井へ伸び、やがて音が流れ始めた。
『――魔導技術第五期、試作装置第十二号。開発責任者、セラ・ノルディス……』
女性の声。淡々とした口調の中に、かすかな疲労と緊張が滲んでいた。
『本装置は記録唄により、思念と音声の両方を記録する実験である。魔導音響石の反応は安定。だが……対象物から異常な共鳴が確認された』
声の背後で、風のような音が混じる。
フィーリがピクリと反応し、宙を泳ぐように回った。
「……フィーリ?」
「この声、ちょっと懐かしい感じする。風の底で聞いた気がする……」
『記録は以上。補足として、当装置の封印コードは、スルファ・ティエラ。不測の事態があれば、即座に使用を中止せよ』
音が途切れ、光がふっと消えた。
しばらく誰も言葉を発せなかった。
「……セラ・ノルディス。知ってる人?」
エリナがそっと問う。
「……王都で、かつて一緒に働いた魔導研究員だ。だが、十年以上前に事故で消息を絶ったと聞いていた」
ライルはゆっくりと椅子に座り込んだ。
ただの古道具の記録と思っていた。だがそこに残されていたのは、失われた人の声だった。
「記録唄……。すごいね。文字よりも、その人の思いがちゃんと残ってる」
「……そうだな。思いは、言葉よりも強く、そして残酷にすらなる」
マルダが静かに口を開く。
「この記録は、あんたに向けた置き手紙さ。忘れ去られるには、惜しい人と技術だったんだろうね」
窓の外、夕陽が村を赤く染めていた。
図書室なき時代――
だがこうして、誰かの記憶は道具の中に、音の中に、生き続けている。
ライルは静かに装置を覆い布で包んだ。
この唄を、もう一度再生する日は来るのか、それとも――。
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その夜、ライルの夢にはセラの声が響いた。
穏やかで、少し照れくさそうに、こう言った気がした。
「見てくれて、ありがとう。あなたなら、きっとわかってくれると思ってた」
目を覚ましたライルは、天井を見つめていた。
再び、記憶の旅が始まろうとしていた。