市に出る魔導工具と嘘の値札
朝から村はにぎやかだった。
月に一度開かれる「市」の日。
村人たちが持ち寄った作物や手工芸品、時には旅人の持ち込む珍品まで、にわかに活気づいた広場に並ぶ。
「わぁ……今日は人がいっぱいだね!」
エリナが目を輝かせて走り回る。
ライルはその後ろを、やや離れてゆっくりと歩いていた。
この市には、古道具や遺物が紛れ込むことがある。特に出所不明のものには、思いがけない魔導アイテムが混じる可能性があるのだ。
「ふむ……この壺はただの装飾品。こっちは……古い風向き計。魔素反応なし……ん?」
目に留まったのは、ぼろ布にくるまれた金属の部品。
パーツの一部に、見覚えのある紋章が刻まれていた。
「これは……戦時期に開発された、魔導兵器の制御核ユニットの一部……」
「お客さん、お目が高い! それ、空間定位の羅針盤って呼ばれてるレア物でね。どこにいても北を向く、すごい便利な道具なんだ!」
調子のいい声が、耳元で響く。
振り返ると、派手な装いにブローチを何個もつけた男が立っていた。
「……クロード」
「おや、ライルじゃないか。久しぶりだねぇ!」
男――クロードは、どこか憎めない笑顔を浮かべていた。
この世界を渡り歩く行商人。本物も偽物も平気で並べ、しかしそのすべてに物語を語る男。
「まだこんなモノを売ってるのか。これは本来、魔導兵器のパーツだ。しかも、制御系……用途を誤れば暴走しかねない代物だぞ」
「でもそれ、君の目がなければ誰もわからなかったろ? つまり、ただの羅針盤って言われれば、ただの羅針盤ってわけだ」
「……それが通るなら、鑑定士なんていらない」
ライルは皮肉混じりに言いながら、しかし部品から目を離さなかった。
「……なぁに、怒らない怒らない。これは君に買い取ってほしかったんだよ。なにせこれは、君の知ってる『あの事件』の関係品だからね」
「……あの事件?」
クロードが懐から取り出した巻物には、古い文様と王都の封印があった。
それは、ライルが王都時代に関わった失われた研究資料の印だった。
「君が引退して村にこもってから、王都はますます混乱していてね。研究施設が潰れ、資料が流出し、こんなふうに外に出回る」
「……その情報、どこで仕入れた」
「商人の秘密ってやつさ」
クロードは肩をすくめた。
「ただ、注意してくれ。君の知らない場所で、昔の道具が新たな手に渡ろうとしてる。悪意はなくとも、無知は恐ろしい――君が、その目を閉ざしたままじゃいけないってことさ」
言い終えると、クロードは人ごみに消えた。
残されたのは、制御核の一部と、再び揺らいだライルの記憶。
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「それ、買ってきたの?」
夕方、ライルの家に戻った彼の机の上に、その金属部品が鎮座していた。
「……ああ。記録に残して、保管庫に封印する」
「クロードさんって……怪しいけど、悪い人じゃないんだよね?」
「そうだな。彼は嘘をつく。だが、悪意はない。彼にとって大事なのは値札より物語なんだ」
ライルは部品を慎重に分解しながら、さらに続けた。
「この部品は、未完成だったある魔導兵器の核だ。暴走事故で封印された研究の残骸。……つまり、失われるはずだった記憶だ」
「でも、こうやって残ってたってことは――」
「そう。物語は誰かが拾う。忘れ去られても、無意識のうちに、誰かが思い出すように」
エリナは小さく頷いた。
「ねぇ、ライルさん。私たちも、そういうの拾っていくんだよね」
「……ああ。それが、僕の収集の意味だ」
外では、夜の市の名残が風に流れていた。
人々が見過ごした小さな記憶――
それを掬い上げる者たちが、今日もまた動き始めている。