表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

収集家の帰還

 村の朝は静かだった。

 鶏の鳴き声、遠くで薪を割る音。湯気の立つ煙突。

 そして、石畳の道をコツコツと歩く足音がひとつ。


「……ただいま」


 そう呟いたライルの肩には、少しだけ埃をかぶった旅鞄が乗っていた。


====


 古民家に戻ったライルは、まず棚に手を伸ばした。

 旅の間に手に入れた道具たち――


 動かない懐中投影器、音を記憶する魔笛の破片、結晶化しかけた古代文字の板片、そして、精霊と共鳴した魔道核の結界結晶。


 一つひとつを並べ、ほこりを払うように、ゆっくりと。


「……これで、また物語がひとつ、棚に加わった」


 声に出すと、なぜか胸の奥があたたかくなった。

 使えるかどうかではなく、そこにどんな記憶が眠っているか――それが、ライルにとっての価値だった。


====


「ライルせんせーっ! おかえりなさい!」


 扉が勢いよく開いて、エリナが飛び込んできた。

 赤茶のポニーテールがばさばさと跳ねる。


「旅はどうだった!? 危ないこととかなかった? 精霊と戦ったとか、巨大な遺跡が崩れそうになったとか――」


「……いくつか、心当たりはあるが……まあ、元気に帰ってきた」


「そっかー! よかったぁ!」


 満面の笑みでそう言ってから、エリナは棚に並んだ品々を見て、目を丸くした。


「わっ、また増えてる……しかも、全部見たことない!」


「今回の収穫だよ。一部は君にも見せたいものがある」


「えっ!? やった!」


 エリナが飛び跳ねたとき、頭上をくるくると舞う光の粒が現れた。


「ふわぁ……やっと寝られる……」


 それは、風の精霊フィーリだった。

 どこか放心気味に、ふらふらとライルの肩に乗っかる。


「いっぱい使ったから、ちょっと疲れたの。しばらくまどろむから、騒がしくしないでね……」


「……十分騒がしいのは君だと思うがね」


 フィーリはにへらっと笑って、透明な羽をふわふわ揺らした。


====


 夕方、マルダおばあちゃんの家で、ささやかな歓迎の茶会が開かれた。

 薬草入りのクッキーと、香り高いハーブティー。

 テーブルには村の人々も集まり、ライルの話に耳を傾けていた。


「そうかい、セラって娘は、まだそこに……」


 マルダが、静かに茶を啜りながら言った。


「おまえさん、よう戻ってきたねえ。戻る場所を、ちゃんと選んで」


「……ここには、語る相手がいるからね。収集だけじゃ、物語は完成しない」


「ふふ、言うようになったねぇ」


 猫を抱いたおばあちゃんは、微笑みながら目を細めた。


「おまえさんの家、もはや村の宝物庫だよ。なんなら、看板でも掲げなされ。鑑定士の蔵とか」


「やめてください。それじゃ観光名所になってしまう……」


 一同がどっと笑った。


====


 その夜。

 ライルは自室の机に、ひとつのノートを広げていた。


『魔導具回想録・第二巻』


 見出しにはそう書かれている。


 筆はすらすらと動き、記憶と記録がページを埋めていく。


《風を閉じ込めた壺から現れた精霊。彼女は今も、私の肩で眠っている。魔導とは、力を示すものであると同時に、記憶を封じる器でもある》


《飛行ホウキの設計には、母の想いが込められていた。小さな手がその空を取り戻した日、私は伝えることの意味を知った。》


 ページの隅に、エリナが描いたヘタクソなホウキのスケッチが貼られている。

 それもまた、物語の一部だった。


====


 その後。

 「ライル先生の道具棚」は、村の名物になった。


 子どもたちは、休日になると訪れ、壊れたおもちゃを「これ、魔道具です!」と持ち込む。


 ライルは困った顔で笑いながらも、一つひとつ丁寧に見て回り、「これは、おもちゃの王国製だな」とか、「これは雨の日によく鳴るタイプの鈴型魔導器の可能性がある」といった仮説を立てて返すのだった。


 真偽はどうでもよかった。

 その子どもが、どんな物語をその道具に見ているのか――それを聞くのが、何よりの楽しみになっていた。


====


 エリナはというと、村の雑貨屋を手伝いながら、ライルの元で毎日修行中。


 「先生、あの壊れたランタン、直してみたんです!」

 

 「お、いい反応だ。光の導き手型と見たか?」

 

 「へへっ、当たりです!」


 そんなやり取りが、家の中に響く日々。


 そしてフィーリは、ときどき目を覚ましては騒ぎ、また寝る。


「ねぇライル、私、昔の記憶、ちょっとずつ戻ってる気がするよ。

 でも、全部思い出さなくてもいい気がしてきたの。だって――今が、楽しいから」


 その言葉に、ライルは静かに頷いた。


「それでいいさ。今を生きる精霊も、悪くない」


====


 魔道具は、かつて世界を変えようとした力。

 けれど、今ライルが見つめているのは、それらが語る物語だった。


 動かない道具に、価値はないのか?

 否。動かぬそれにこそ、人は物語を見出し、夢を見る。


 だからこそ、収集する。記録する。語る。

 そして、次の世代へと想いを繋げていく。


 今日もまた、道具棚に新しい何かが加わるだろう。


 そうしてライルは、静かにページをめくった。


《終わりに――収集とは、終わりなき旅である》


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ