収集家の帰還
村の朝は静かだった。
鶏の鳴き声、遠くで薪を割る音。湯気の立つ煙突。
そして、石畳の道をコツコツと歩く足音がひとつ。
「……ただいま」
そう呟いたライルの肩には、少しだけ埃をかぶった旅鞄が乗っていた。
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古民家に戻ったライルは、まず棚に手を伸ばした。
旅の間に手に入れた道具たち――
動かない懐中投影器、音を記憶する魔笛の破片、結晶化しかけた古代文字の板片、そして、精霊と共鳴した魔道核の結界結晶。
一つひとつを並べ、ほこりを払うように、ゆっくりと。
「……これで、また物語がひとつ、棚に加わった」
声に出すと、なぜか胸の奥があたたかくなった。
使えるかどうかではなく、そこにどんな記憶が眠っているか――それが、ライルにとっての価値だった。
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「ライルせんせーっ! おかえりなさい!」
扉が勢いよく開いて、エリナが飛び込んできた。
赤茶のポニーテールがばさばさと跳ねる。
「旅はどうだった!? 危ないこととかなかった? 精霊と戦ったとか、巨大な遺跡が崩れそうになったとか――」
「……いくつか、心当たりはあるが……まあ、元気に帰ってきた」
「そっかー! よかったぁ!」
満面の笑みでそう言ってから、エリナは棚に並んだ品々を見て、目を丸くした。
「わっ、また増えてる……しかも、全部見たことない!」
「今回の収穫だよ。一部は君にも見せたいものがある」
「えっ!? やった!」
エリナが飛び跳ねたとき、頭上をくるくると舞う光の粒が現れた。
「ふわぁ……やっと寝られる……」
それは、風の精霊フィーリだった。
どこか放心気味に、ふらふらとライルの肩に乗っかる。
「いっぱい使ったから、ちょっと疲れたの。しばらくまどろむから、騒がしくしないでね……」
「……十分騒がしいのは君だと思うがね」
フィーリはにへらっと笑って、透明な羽をふわふわ揺らした。
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夕方、マルダおばあちゃんの家で、ささやかな歓迎の茶会が開かれた。
薬草入りのクッキーと、香り高いハーブティー。
テーブルには村の人々も集まり、ライルの話に耳を傾けていた。
「そうかい、セラって娘は、まだそこに……」
マルダが、静かに茶を啜りながら言った。
「おまえさん、よう戻ってきたねえ。戻る場所を、ちゃんと選んで」
「……ここには、語る相手がいるからね。収集だけじゃ、物語は完成しない」
「ふふ、言うようになったねぇ」
猫を抱いたおばあちゃんは、微笑みながら目を細めた。
「おまえさんの家、もはや村の宝物庫だよ。なんなら、看板でも掲げなされ。鑑定士の蔵とか」
「やめてください。それじゃ観光名所になってしまう……」
一同がどっと笑った。
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その夜。
ライルは自室の机に、ひとつのノートを広げていた。
『魔導具回想録・第二巻』
見出しにはそう書かれている。
筆はすらすらと動き、記憶と記録がページを埋めていく。
《風を閉じ込めた壺から現れた精霊。彼女は今も、私の肩で眠っている。魔導とは、力を示すものであると同時に、記憶を封じる器でもある》
《飛行ホウキの設計には、母の想いが込められていた。小さな手がその空を取り戻した日、私は伝えることの意味を知った。》
ページの隅に、エリナが描いたヘタクソなホウキのスケッチが貼られている。
それもまた、物語の一部だった。
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その後。
「ライル先生の道具棚」は、村の名物になった。
子どもたちは、休日になると訪れ、壊れたおもちゃを「これ、魔道具です!」と持ち込む。
ライルは困った顔で笑いながらも、一つひとつ丁寧に見て回り、「これは、おもちゃの王国製だな」とか、「これは雨の日によく鳴るタイプの鈴型魔導器の可能性がある」といった仮説を立てて返すのだった。
真偽はどうでもよかった。
その子どもが、どんな物語をその道具に見ているのか――それを聞くのが、何よりの楽しみになっていた。
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エリナはというと、村の雑貨屋を手伝いながら、ライルの元で毎日修行中。
「先生、あの壊れたランタン、直してみたんです!」
「お、いい反応だ。光の導き手型と見たか?」
「へへっ、当たりです!」
そんなやり取りが、家の中に響く日々。
そしてフィーリは、ときどき目を覚ましては騒ぎ、また寝る。
「ねぇライル、私、昔の記憶、ちょっとずつ戻ってる気がするよ。
でも、全部思い出さなくてもいい気がしてきたの。だって――今が、楽しいから」
その言葉に、ライルは静かに頷いた。
「それでいいさ。今を生きる精霊も、悪くない」
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魔道具は、かつて世界を変えようとした力。
けれど、今ライルが見つめているのは、それらが語る物語だった。
動かない道具に、価値はないのか?
否。動かぬそれにこそ、人は物語を見出し、夢を見る。
だからこそ、収集する。記録する。語る。
そして、次の世代へと想いを繋げていく。
今日もまた、道具棚に新しい何かが加わるだろう。
そうしてライルは、静かにページをめくった。
《終わりに――収集とは、終わりなき旅である》