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沈んだ研究所と目覚めの核

 朝霧の立ちこめる山道を、ライルはフードを目深にかぶって進んでいた。


 背には旅鞄、腰には幾つかの鑑定道具。傍らにはエリナとセイン、そして空中を舞うフィーリの姿。


「まさか、こんな奥地に研究所の跡があるなんてな」


 先導するセインが、険しい表情で呟いた。


「昔の地図にすら記載がない。それだけ重要機密だったということだろうな」


 ライルの声に、重みが混じる。

 彼女――セラ・リィフェンが消えたのも、この場所だった。


====


 霧が晴れると、そこには崩れかけた石造りの施設跡が広がっていた。


 苔むした外壁。傾いた鉄扉。すべてが時間に呑まれ、忘れられた存在だった。


「ここが……魔導研究所……?」


 エリナが息を呑む。

 ライルは無言で扉に手をかけると、かすかに魔力を注ぎ込んだ。


 ――ギィ……


 重たい音とともに扉が開き、内部から冷たい空気が流れ出した。

 闇の中、彼らはそっと足を踏み入れる。


====


 施設の中は、時間が止まったような静寂に包まれていた。

 崩れた棚、錆びた装置、壁に走る裂け目。


「ライル、ここ……何かが、まだ生きてる」


 フィーリが、わずかに震えながら言った。


「共鳴してる……でも、深い。とても深い場所で」


 彼女の言葉に導かれ、三人は地下へと続く階段を降りる。

 その奥――そこには、異様な光景が広がっていた。


 広間の中央に、球状の結界が浮かんでいた。

 その中には、青白く脈動する核のような装置。そして――誰かの姿。


「……人、が?」


 セインが目を凝らす。


 だが、その人物は動かない。結晶に包まれ、眠るように静止していた。

 そして、ライルは目を見開く。


「……セラ、なのか……?」


 結界内の女性の面影は、記憶の中の彼女にあまりにも似ていた。

 だが、確証はなかった。


「この動力核……目覚めかけてる」


 エリナが呟いた。

 結界の中心にある核は、鼓動のように淡く光を放っていた。


「このままでは、制御を失う」


 ライルはすぐに判断した。


「セイン、結界を維持しろ。フィーリ、共鳴を使って中の動力を探れ。俺は、制御機構を一時停止させる」


「了解!」


「うん、やってみる!」


 三者三様の動きが交差する。


====


 やがて、制御核に触れた瞬間――

 ライルの意識に、異なる記憶が流れ込んできた。


《――私は、この核に自分を封じた。これが暴走すれば、王都の街ひとつが消える。だから、私はここに残る》


 それは、セラ自身の記録だった。


《あなたがこの記録を見ているのなら……お願い。止めて。核を奪わないで》


「……なんてことだ。彼女は、自分を犠牲にしてこれを止めていた……」


 ライルの手が震える。


 そこに、フィーリの声が響く。


「ライル! この核、精霊の器に似てる! わたしの力を使えば、少しだけ、凍らせることができるよ!」


「危険だ、フィーリ。君まで巻き込まれるかもしれない」


「でも、わたしは風。流れを止めるくらい、できるよ!」


 風が舞った。フィーリが核に飛び込み、淡く光が広がる。

 そして、核の鼓動は――静かに、止まった。


====


 すべてが終わったあと。


 セラの姿は、再び結晶に閉ざされ、眠るように沈黙したままだった。

 けれど、彼女の表情はどこか安らかだった。


「ありがとう……セラ。君のおかげで、また一つ物語を守れた」


 ライルは静かに頭を下げた。


====


 帰路、エリナがぽつりと聞いた。


「ねぇ、ライル。セラさんのこと……まだ、好き?」


「……ああ。今でも、誰よりも尊敬してる」


「ふふん。じゃあ、私もそれくらい、すごい人になるね! 魔道具のことも、いっぱい勉強して!」


 ライルは笑みを浮かべた。


「その日を、楽しみにしてるよ」


 そして空には、霧が晴れ、やわらかな光が差し込んでいた。


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