沈んだ研究所と目覚めの核
朝霧の立ちこめる山道を、ライルはフードを目深にかぶって進んでいた。
背には旅鞄、腰には幾つかの鑑定道具。傍らにはエリナとセイン、そして空中を舞うフィーリの姿。
「まさか、こんな奥地に研究所の跡があるなんてな」
先導するセインが、険しい表情で呟いた。
「昔の地図にすら記載がない。それだけ重要機密だったということだろうな」
ライルの声に、重みが混じる。
彼女――セラ・リィフェンが消えたのも、この場所だった。
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霧が晴れると、そこには崩れかけた石造りの施設跡が広がっていた。
苔むした外壁。傾いた鉄扉。すべてが時間に呑まれ、忘れられた存在だった。
「ここが……魔導研究所……?」
エリナが息を呑む。
ライルは無言で扉に手をかけると、かすかに魔力を注ぎ込んだ。
――ギィ……
重たい音とともに扉が開き、内部から冷たい空気が流れ出した。
闇の中、彼らはそっと足を踏み入れる。
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施設の中は、時間が止まったような静寂に包まれていた。
崩れた棚、錆びた装置、壁に走る裂け目。
「ライル、ここ……何かが、まだ生きてる」
フィーリが、わずかに震えながら言った。
「共鳴してる……でも、深い。とても深い場所で」
彼女の言葉に導かれ、三人は地下へと続く階段を降りる。
その奥――そこには、異様な光景が広がっていた。
広間の中央に、球状の結界が浮かんでいた。
その中には、青白く脈動する核のような装置。そして――誰かの姿。
「……人、が?」
セインが目を凝らす。
だが、その人物は動かない。結晶に包まれ、眠るように静止していた。
そして、ライルは目を見開く。
「……セラ、なのか……?」
結界内の女性の面影は、記憶の中の彼女にあまりにも似ていた。
だが、確証はなかった。
「この動力核……目覚めかけてる」
エリナが呟いた。
結界の中心にある核は、鼓動のように淡く光を放っていた。
「このままでは、制御を失う」
ライルはすぐに判断した。
「セイン、結界を維持しろ。フィーリ、共鳴を使って中の動力を探れ。俺は、制御機構を一時停止させる」
「了解!」
「うん、やってみる!」
三者三様の動きが交差する。
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やがて、制御核に触れた瞬間――
ライルの意識に、異なる記憶が流れ込んできた。
《――私は、この核に自分を封じた。これが暴走すれば、王都の街ひとつが消える。だから、私はここに残る》
それは、セラ自身の記録だった。
《あなたがこの記録を見ているのなら……お願い。止めて。核を奪わないで》
「……なんてことだ。彼女は、自分を犠牲にしてこれを止めていた……」
ライルの手が震える。
そこに、フィーリの声が響く。
「ライル! この核、精霊の器に似てる! わたしの力を使えば、少しだけ、凍らせることができるよ!」
「危険だ、フィーリ。君まで巻き込まれるかもしれない」
「でも、わたしは風。流れを止めるくらい、できるよ!」
風が舞った。フィーリが核に飛び込み、淡く光が広がる。
そして、核の鼓動は――静かに、止まった。
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すべてが終わったあと。
セラの姿は、再び結晶に閉ざされ、眠るように沈黙したままだった。
けれど、彼女の表情はどこか安らかだった。
「ありがとう……セラ。君のおかげで、また一つ物語を守れた」
ライルは静かに頭を下げた。
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帰路、エリナがぽつりと聞いた。
「ねぇ、ライル。セラさんのこと……まだ、好き?」
「……ああ。今でも、誰よりも尊敬してる」
「ふふん。じゃあ、私もそれくらい、すごい人になるね! 魔道具のことも、いっぱい勉強して!」
ライルは笑みを浮かべた。
「その日を、楽しみにしてるよ」
そして空には、霧が晴れ、やわらかな光が差し込んでいた。




