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調和の守護者 リリィ&コピ第一部  作者: マスター


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第75話 調和の都市連合

首都セントラの中央広場に、赤い警備灯が灯っていた。


公開討論は中断された。


人類統制評議会本部代表、エルド・レグナスは「安全確認のため」と告げた。

警備兵が動き、警備ドローンが上空を旋回し、代表団の周囲には見えない壁のような圧力が生まれている。


だが、広場の声は止まらなかった。


「記録を消すな!」


「首都の備蓄も公開しろ!」


「黒晶装備の記録を見せろ!」


「都市独立機能の解体計画って何だ!」


それは、暴動ではなかった。


人々は石を投げていない。

柵を壊してもいない。

兵士へ襲いかかってもいない。


ただ、問いを口にしている。


それだけだった。


けれど、評議会にとって、それは十分すぎるほど危険だった。


なぜなら、支配は問いを嫌うからだ。


命令は一方向で済む。

だが、問いは戻ってくる。

水の流れのように、言葉は人から人へ移り、隠されたものの隙間へ入り込む。


リリィは演壇の上で、首都市民たちの声を聞いていた。


胸元の自然回復型結晶が、静かに光っている。


怒りに反応しているのではない。

恐怖を押し返しているのでもない。


人々の中に、何かが巡り始めたことに反応している。


ラグナで水が流れた時と似ていた。

グラナで炉が黄金色を取り戻した時とも似ていた。


だが、今ここで流れているのは、水でも火でもない。


記録と声だった。


ミラは記録ケースを抱え、震える手でそれを守っていた。


「リリィ……どうするの?」


彼女の声には緊張があった。


評議会は、代表団を保護室へ案内すると言った。

記録媒体を安全確認のため預かるとも言った。


それは、実質的な拘束と押収に近い。


ここで拒めば、武力行使の口実を与える。

従えば、記録を奪われる危険がある。


リリィはすぐには答えなかった。


剣を抜くべきではない。


それは分かっている。


だが、何もしなければ、この場の流れは止められる。


彼女が迷ったその時、通信席からコピの声が響いた。


『リリィ。討論記録は、すでにラグナ、グラナ、旧中継所へ分散保存済みです』


続いて、オルガの声。


『それと、首都の人たちの声も記録してるよ。消されても残る』


リリィは少しだけ息を吐いた。


「ありがとう」


コピは続けた。


『ですが、次に必要なのは保存だけではありません。接続です』


「接続?」


『はい。各都市が今、断片的に反応しています。ギアード、ミナトリア、オルムから非公式回線が開きました。これを一時的な声で終わらせず、都市間公開確認へ変える必要があります』


アルセリウスが隣で頷いた。


「都市連合の芽を、今ここで形にする必要があるわ」


「でも、討論は止められたよ」


「討論会は止められた。でも、記録確認は止められていない」


アルセリウスはマスターの記録端末を開いた。


「首都の会場で話すだけが道ではない。各都市が、自分たちの命綱について同時に確認を始めれば、評議会本部は一つの演壇だけを止めても意味がなくなる」


ヨルクが低く言った。


「都市ごとの公開確認会を、同時に始めるのか」


カイが端末を握りしめる。


「でも、そんなことできるの?」


コピの声が答える。


『完全な会議体は無理です。しかし、初期宣言なら可能です。各都市が、自分たちの水、食料、炉、物流、資源の記録公開を求める。互いの記録を保存し合う。これだけでも、支配構造は大きく揺らぎます』


ガレスは首都市民たちを見た。


「兵士たちにも届くか」


『黒晶装備の記録を分散送信できます。ただし、評議会本部が妨害を始めています。時間は限られます』


リリィは空を見上げた。


警備ドローンが円を描いている。

赤い光が、広場を覆うように揺れている。


エルドは演壇の向こうで、黙ってこちらを見ていた。


彼は焦っていない。


いや、焦りを見せていない。


だが、周囲の補佐官たちは違った。


次々と入る通信に対応し、各都市の非公式回線を遮断しようとしている。


評議会本部は、まだ広場を制御できると思っている。


けれど、記録はもう広場の外へ出ている。


ならば、今すべきことは一つだった。


「コピ」


『はい』


「都市連合の初期宣言、作れる?」


『作成可能です。ただし、内容は各都市代表の確認が必要です』


リリィは頷いた。


「じゃあ、作るんじゃなくて、問いかけよう」


『問いかけ?』


「うん。私たちが決めるんじゃない。各都市に聞く。何を公開したいのか。何を確認したいのか。何を取り戻したいのか」


コピは少し沈黙した。


そして答えた。


『了解しました。都市間公開確認回線を開きます』


広場の巨大表示壁が、評議会本部の制御から一瞬揺れた。


本来なら、エルドの命令なしに画面が切り替わるはずはない。

だが、討論中に使用された公開記録回線には、すでにラグナとグラナの署名が重ねられていた。


それに加え、旧中継所で拾った古い都市間記録系統。

さらに、首都市民の端末が受け取った討論記録の断片。


それらが、完全ではないが一時的な抜け道を作っていた。


画面に、六つの都市名が浮かぶ。


**セントラ。

ラグナ。

グラナ。

ギアード。

ミナトリア。

オルム。**


その下に、リリィの声が流れた。


「アルヴェリアの各都市へ」


首都市民たちが静まる。


警備兵たちも、一瞬動きを止めた。


リリィは続けた。


「私たちは、ラグナとグラナの記録を首都へ持ってきました。水が止められていた記録。種が隠されていた記録。炉が黒晶装備に使われていた記録。そして、最初の評議会が再建のために生まれた記録」


彼女は一度、息を吸う。


「でも、これはラグナとグラナだけの問題ではありません。もし、あなたたちの都市にも、閉じられた記録があるなら。もし、命を支えるものが、支配の道具に変えられているなら。今、自分たちの声で教えてください」


広場に静寂が落ちる。


数秒。


何も起きなかった。


エルドは静かに手を上げた。


「回線を遮断しろ」


補佐官たちが動く。


しかし、それより早く、ラグナの通信席が強く光った。


コピの声が響く。


『水源都市ラグナ。公開確認事項を提示します』


画面に、ラグナの水路図が映る。


セヴァンの声が続いた。


『第一。貯水量、通水量、水門操作記録の常時公開を求める』


ダレンの声。


『第二。南部農地への最低通水量を市民代表と水路技師が確認する』


下層区代表の声。


『第三。生活水路を配給忠誠制度から切り離す』


病院区の医師の声。


『第四。病院区の必要水量を公開し、他区との対立に利用させない』


工業区代表の声。


『第五。水の再利用と節水技術を、評議会の許可ではなく公開記録で共有する』


最後に、オルガの声が入る。


『第六。通報で水を増やす仕組みをやめること。水は人を売らせるための餌じゃない』


首都市民の間に、ざわめきが起きる。


次に、グラナの通信席が光った。


ヨルクは首都の演壇にいる。

だが、グラナ広場から農民たちの声が送られてきた。


『農業都市グラナ。公開確認事項を提示します』


掲示板に、種子台帳と炉の出力図が映る。


若い農民の声。


『第一。種子在庫、食料在庫、搬出量の公開』


別の農民。


『第二。種子配給を忠誠や作業評価の報酬にしないこと』


炉管理班の声。


『第三。農業エネルギー炉の出力配分を公開し、黒晶装備への供給を禁止すること』


黒晶装備を外した元兵士の声。


『第四。黒晶装備の装着記録、命令系統、心理影響を公開すること』


カイは自分の端末を握りながら、その声を聞いていた。


グラナに残った人々が、もう自分たちだけで言葉を出し始めている。


彼の目に、少し涙が浮かんだ。


「みんな……」


次に、暗かったギアードの通信枠が点滅した。


ノイズが走る。


映像は粗い。


だが、確かに誰かが映った。


油で汚れた作業服。

古い工場の壁。

背後には、止まった機械と、赤い警告灯。


『こちら、工業都市ギアード旧第二工区。有志技師班』


声は低く、疲れていた。


『正式代表ではない。だが、聞こえているなら記録してくれ』


コピが即座に応答する。


『記録中です』


ギアードの技師は頷いた。


『ギアードでは、工業炉と部品製造ラインが評議会直属管理になっている。表向きは国家インフラ維持のためだ。だが実際には、修理部品の配分が政治的に制御されている』


画面に、工業炉の出力記録の一部が映る。


『農機部品、浄化装置部品、水門部品は不足と言われている。だが、治安車両、監視ドローン、黒晶装備の補修部品は優先製造されている』


リリィは息をのむ。


ラグナの水門。

グラナの炉。

そしてギアードの部品。


やはり、つながっている。


ギアードの技師は続けた。


『我々は、工業炉出力と部品配分記録の公開を求める。水門部品、浄化装置部品、農機修理部品を都市間公開配分へ戻すことを求める』


通信が揺れる。


『それと……ギアードにも黒晶反応がある。工場労働者の疲労抑制装置として使われている可能性がある』


そこで映像は一度途切れた。


しかし、記録は残った。


広場が大きく揺れる。


首都市民たちの中から声が上がる。


「工業炉まで……?」


「監視ドローンが優先されていたのか」


「だから修理部品が届かなかったのか」


エルドは表情を変えなかった。


だが、手元の端末を握る指に力が入っている。


次に、ミナトリアの枠が点いた。


港湾都市ミナトリア。


映像には、薄暗い港が映っていた。


コンテナ。

止まったクレーン。

霧の中の船影。

そして、首に布を巻いた女性。


『こちら、ミナトリア港湾労働者組合、非公式回線』


彼女の声は荒れていたが、はっきりしていた。


『ミナトリアでは、港湾物流が評議会直轄になっている。食料、医療品、工業部品、浄化資材。どの都市へ何を送るかは、港ではなく評議会物流局が決める』


画面に、積み上げられたコンテナの記録が映る。


『ラグナへ送る予定だった水路修理部品が、治安隊車両部品へ差し替えられた記録がある。グラナへ送る予定だった種子保管用冷却材が、黒晶装備の保管庫へ回された記録もある』


ミラが目を見開いた。


「ラグナへ送る部品が……」


ヨルクも低く呟く。


「グラナの冷却材まで……」


港湾労働者は続けた。


『港は命を運ぶ場所だ。だが今は、命より統制装備が優先されている。我々は物流記録の公開、港湾配分会議の復活、医療・水路・農業関連資材の優先公開配分を求める』


背後で警報音が鳴る。


誰かが叫ぶ。


『切られる!』


女性は最後に早口で言った。


『ミナトリアは、港を支配の門ではなく循環の門へ戻すことを求める!』


通信が切れた。


それでも、最後の言葉は広場に残った。


循環の門。


首都市民たちは、もう黙っていられない様子だった。


そして、最後にオルムの枠が点滅した。


映像は最も不安定だった。


山岳都市オルム。


背後に岩壁と森林が見える。

雪解け水の細い流れ。

古い採掘施設。

そして、白髪の女性が立っていた。


『こちら、山岳水源管理区、旧記録班』


声は静かだった。


『オルムでは、山岳水源と鉱物資源が評議会管理下にある。表向きは水源保護と資源安定供給のため。しかし、山岳水源の実測値は公開されなくなり、鉱物の搬出量も首都報告と一致していない』


アルセリウスが表情を険しくする。


「鉱物資源……」


マスターの記録に必要な新エネルギー部材や、都市インフラの基盤に関わるものだ。


オルムの女性は続ける。


『森林保護の名で山村が移転させられた。しかし、移転後に採掘区域が広がった場所がある。水源保護ではなく、鉱物採掘のためではないかという疑いがある』


画面に、山岳地図と搬出記録が映る。


『我々は、山岳水源実測値、鉱物搬出量、森林移転命令、採掘許可記録の公開を求める』


彼女は少し間を置いた。


『水は山から始まり、川となり、ラグナへ流れ、グラナを潤す。山を閉じれば、すべての都市が渇く。オルムは山を支配の倉庫ではなく、水源の守り手へ戻すことを求める』


通信はそこで途切れた。


中央広場は、完全に沈黙した。


ラグナ。

グラナ。

ギアード。

ミナトリア。

オルム。


五つの都市が、それぞれの命綱について声を出した。


水。

種。

火。

部品。

物流。

山岳水源。

鉱物。


それらは別々の問題ではない。


すべてがつながっている。


そして、そのすべてに評議会の手が伸びていた。


リリィは巨大表示壁を見つめた。


六つの都市の名が並んでいる。


そこに、首都セントラだけがまだ自分の声を出していなかった。


首都市民たちも、それに気づき始めていた。


「セントラは?」


「首都の記録はどうなっている?」


「医療備蓄は?」


「避難民収容区の配給は?」


「黒晶中枢って、首都にあるのか?」


エルドは、ようやく一歩前へ出た。


「これ以上の非公式通信は、国家秩序を乱す」


その声は冷たかった。


先ほどまでの穏やかさは薄れている。


「地方都市の未確認情報を首都広場で拡散することは、市民不安を煽り、治安を危険にさらす」


リリィは彼を見た。


「未確認なら、確認しましょう」


「その確認を誰が行う」


「各都市の人たちです。首都の人たちも」


エルドの目が細くなる。


「国家の全記録を市民へ開放することはできない。軍事、治安、備蓄、外交、危機管理。秘匿すべき情報は存在する」


アルセリウスが答える。


「すべてを無制限に開けと言っているわけではない。命を支える基盤の配分記録、統制装備への優先配分、黒晶利用、都市独立機能の解体計画。これらを隠すことは、秘匿ではなく支配よ」


エルドは冷たく言った。


「君たちの言葉は、秩序を壊す」


ガレスが黒い結晶を掲げる。


「違う。壊れるのは、秩序の名を借りた支配だ」


首都市民の中から、また声が上がる。


「首都の記録も見せろ!」


「セントラも確認するべきだ!」


「地方の話だけじゃない!」


「私たちの配給記録は?」


「避難民区の水はどこへ行っている!」


その声は広がり始めた。


だが、そこで広場の床が低く震えた。


リリィの胸元の結晶が、突然強く震える。


赤黒い気配。


ラグナのポンプ小屋で感じたもの。

グラナの黒晶装備で感じたもの。


それよりも、ずっと大きい。


アルセリウスが顔を上げた。


「下から来る……」


カイが端末を見る。


「広場の地下に、高エネルギー反応!」


ガレスの顔色が変わる。


「黒晶中枢か?」


巨大表示壁が一瞬暗転した。


次に、首都の地下構造図の一部が、ノイズ混じりに映る。


中央行政塔の下。


そこに、巨大な黒い結晶炉のような反応があった。


リリィは息をのむ。


「これが……」


エルドはゆっくりと手を下ろした。


彼の表情は、再び静かになっていた。


「残念だ」


その声は広場全体へ響いた。


「君たちは、都市の不安をあまりにも早く広げすぎた」


ファルコンが上空から叫ぶ。


「警備ドローン、動きが変わった!」


赤い警備灯が、黒に近い色へ変わる。


警備兵たちの装備に、小さな黒晶反応が浮かび上がった。

さっきまで何も見えなかった首都警備の装備にも、隠された結晶回路が埋め込まれていたのだ。


ガレスが叫ぶ。


「全員、装備から離れろ! 黒晶制御が入る!」


だが、兵士たちの目が一斉に揺らぐ。


命令が走ったのだ。


首都市民たちが悲鳴を上げる。


リリィは双剣を抜いた。


今度は迷わなかった。


人を斬るためではない。

黒晶制御を止めるためだ。


「ファルコン! 市民の上にいるドローンを止めて!」


「了解!」


ファルコンが急降下し、フェザーシャードを放つ。


警備ドローンの武装部だけが弾かれ、次々と火花を散らす。


ガレスは兵士たちの前へ走った。


「聞け! それはお前たちの判断じゃない! 装備の命令だ!」


兵士の一人が苦しそうに武器を構える。


「市民不安を……鎮圧……」


ガレスはその兵士へ飛び込み、腕ではなく装備の胸元にある黒晶回路を掴んだ。


「違う! 市民を撃つな!」


リリィがその横を駆け抜け、双剣で別の兵士の装備接続部を斬る。


ミラは記録ケースを抱えながら、首都市民へ叫んだ。


「伏せてください! でも散らばらないで! 押し合うと危険です!」


ヨルクも声を張る。


「年寄りと子どもを中央へ! 倒れた者を踏むな!」


カイは震えながら端末を操作する。


「黒晶反応、広場全体に広がってる! 地下から制御信号が来てる!」


アルセリウスはマスターの記録端末を広げた。


「地下中枢の位置を探すわ!」


エルドはその混乱を見つめていた。


彼の表情には、悲しみのようなものさえ浮かんでいる。


「だから言ったのだ」


リリィは彼を睨む。


「何を!」


「人々は不安に耐えられない。問いは広がり、怒りになり、混乱を生む。だから、統制が必要になる」


「これはあなたたちが起こしてる混乱です!」


「違う」


エルドは静かに言った。


「これは、統制を失った時に必ず起きる現象だ。黒晶中枢は、それを抑えるために存在する」


ガレスが叫ぶ。


「抑える? 兵士を操って市民に武器を向けさせることがか!」


エルドは答えた。


「一時的な強制制御だ。国家崩壊を避けるための」


リリィの胸が強く痛んだ。


ここでも同じだ。


一時的。

緊急。

安全。

秩序。


その言葉で、選ぶ力が奪われる。


アルセリウスが叫んだ。


「地下に中枢炉がある! 名称は、黒晶統制炉。首都治安、通信、備蓄施設、警備装備へ接続されているわ!」


カイが青ざめる。


「グラナの炉よりずっと大きい……」


コピの声が通信から割り込む。


『リリィ! 黒晶統制炉の制御波が各都市通信にも干渉しています。ラグナ、グラナ、ギアード、ミナトリア、オルムへの回線が不安定化しています』


オルガの声も入る。


『こっちにも来てる! ラグナの中央塔が黒晶信号を受けてる!』


グラナ側の声も混ざる。


『炉の出力が揺れてる! 黒晶系統が再接続しようとしてる!』


ギアード、ミナトリア、オルムの通信も、ノイズにまみれていく。


都市連合の芽を断つために、首都の黒晶中枢が動き始めたのだ。


リリィは歯を食いしばった。


「やっぱり、ここが中心なんだ」


エルドは静かに言った。


「国家は中心を必要とする」


リリィは双剣を握り直した。


「違う。これは中心じゃない」


彼女の自然回復型結晶が、強く光る。


「これは、全部の流れを縛る鎖だよ」


首都市民たちは、恐怖の中でもその言葉を聞いていた。


兵士たちの一部は苦しみながら装備を外そうとしている。

ガレスがそれを助ける。

ファルコンはドローンを止め続ける。

ミラとヨルクは市民の避難を誘導する。

カイは震えながらも通信を保っている。

アルセリウスは地下への経路を探している。

コピは各都市の回線を守っている。

オルガはラグナで黒晶信号の拡散を抑えている。


全員が、自分の場所で動いていた。


それは、中央命令ではない。


それぞれが、見えている流れを守ろうとしている。


その時、首都市民の一人が叫んだ。


「兵士の装備を外せ!」


別の市民が、倒れた兵士に近づき、震える手で黒晶回路の留め具を外そうとした。


「危ない!」


ミラが叫ぶ。


だが、その市民は言った。


「この人、撃ちたくなさそうだった!」


別の市民も駆け寄る。


「工具を!」


ギアードの通信枠から声が入る。


『黒晶回路の外し方を送る! 胸部装甲の右下、固定ピンを抜け!』


ミナトリアからも声が入る。


『港湾作業用の緊急解放具で代用できる!』


オルムから。


『結晶に直接触るな! 布か絶縁材を挟め!』


カイの端末に、各都市から情報が流れ込む。


「みんな、助け方を送ってる……」


リリィは目を見開いた。


これが、都市連合。


命令ではなく、必要に応じて知識が巡る。


ギアードの技術。

ミナトリアの工具知識。

オルムの鉱物知識。

ラグナの水路網。

グラナの炉制御。

セントラの市民の手。


バラバラの都市が、目の前の命を守るためにつながっている。


エルドも、その光景を見ていた。


初めて、彼の顔から余裕が消えた。


「なぜだ……」


彼は小さく呟いた。


「統制がなければ、混乱するはずだ」


リリィは振り返った。


「混乱してるよ」


エルドが彼女を見る。


リリィは続けた。


「みんな怖い。間違えそうになってる。何をすればいいか分からない人もいる」


彼女は広場を指した。


「でも、だから助け合ってる。記録を出して、知識を出して、声を出して、少しずつ直してる」


リリィの声が強くなる。


「それが、調和の秩序だよ」


エルドは答えなかった。


黒晶統制炉の振動が、さらに強まる。


アルセリウスが叫ぶ。


「地下への経路を見つけた! 行政塔の下、旧都市間記録保管庫のさらに奥よ!」


コピの声が続く。


『黒晶統制炉が完全起動すれば、首都だけでなく各都市の黒晶系統が再接続される可能性があります。止める必要があります』


ファルコンが上空から戻ってくる。


「道を開く。だが、市民の安全も必要だ」


ガレスが黒晶装備を外した兵士たちへ叫んだ。


「動ける者は、市民の避難を守れ! 武器を下ろせ! 装備を外せ!」


兵士たちは迷った。


だが、一人が武器を置いた。

次に、もう一人。

さらに数人。


すべてではない。


だが、確かに変わっている。


リリィは皆を見た。


「私は地下へ行く」


ミラがすぐに言った。


「私も行く」


「危険だよ」


「水路と炉の記録が必要になるかもしれない」


アルセリウスも頷く。


「私も行くわ。マスターの記録端末で中枢構造を照合する」


ファルコンが翼を広げる。


「空は任せろと言いたいところだが、地下なら支援ドローンを送る」


ガレスは武器を拾い直した。


「俺も行く。黒晶装備の制御を知っている」


カイは震えながら手を上げた。


「ぼ、僕も……」


ヨルクが止めようとする。


「カイ」


カイは必死に言った。


「中枢炉の記録、誰かが取らないと。僕、怖いけど……でも、記録係だから」


ヨルクはしばらく彼を見つめ、それから深く頷いた。


「なら、私はここで市民側の記録を守る。お前は地下の記録を取れ」


カイは泣きそうな顔で頷いた。


リリィはエルドを見た。


「あなたは、どうしますか」


エルドは静かに彼女を見返した。


「私が止めると思うか」


「分かりません」


「なら、なぜ問う」


リリィは答えた。


「あなたも、人だからです」


エルドの表情が止まった。


「黒晶統制炉を動かしたのはあなたたちです。でも、最初の評議会の記録を知っているなら、再建の意味も知っているはずです。だから、聞きます」


リリィはまっすぐに言った。


「あなたは、秩序を守りたいんですか。それとも、支配を守りたいんですか」


広場が静まり返る。


エルドは答えなかった。


だが、彼の沈黙は、これまでの沈黙とは違っていた。


ほんのわずかに、揺れていた。


しかし、その時、地下からさらに強い黒晶波が広がった。


警備兵の一部が再び苦しみ、首都市民たちが悲鳴を上げる。


リリィは踵を返した。


「行こう!」


アルセリウスが地下経路を示す。

ファルコンの支援ドローンが先行する。

ガレスが黒晶波の強い方向を見極める。

カイが端末を握りしめ、ミラが記録ケースを抱えて走る。


リリィは最後にもう一度、広場を見た。


首都市民。

ラグナの通信席。

グラナの通信席。

点滅するギアード、ミナトリア、オルム。

装備を外し始めた兵士たち。

市民を誘導するヨルク。

空を守るファルコンのドローン。


そこには、もう一つの国家の形が見え始めていた。


命令で一つにされる国家ではない。


必要が見えた時に、互いの知識と役割を差し出す国家。


水の都市。

農の都市。

工業の都市。

港の都市。

山の都市。

首都の人々。


それぞれが、自分の場所から流れを守る。


調和の都市連合。


それはまだ正式な制度ではない。

宣言文も不完全で、署名もそろっていない。

敵はまだ強く、黒晶統制炉も動いている。


けれど、もう芽ではなかった。


広場で、人々は実際につながった。


リリィは地下へ続く階段を駆け下りながら、胸元の結晶に手を当てた。


「マスター。少しだけ、見えてきたよ」


彼女の声は、地下へ吸い込まれていく。


「都市は、支配で一つになるんじゃない。流れでつながるんだ」


その先には、黒晶統制炉が待っている。


評議会が作り上げた、支配の中枢。


次に向き合うのは、最後の評議会。


水と種と火と記録を携えた者たちは、国家の鎖を断つため、首都の地下へ進んでいった。

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