偉大なる勇者の道程
「そんな馬鹿な」
勇者は思わず呆然としていた。
自分は確かに洞窟に潜むドラゴン退治に失敗して無残にも殺されたはず……。
それなのに、今はドラゴン退治前日に泊まっていた宿で朝日を浴びているのだ。
傷はない。
痛みもない。
あるのは確かな記憶だけ。
混乱しつつも勇者は敗因を分析していた。
「あいつの弱点は喉元ではなく、左足にあった古傷だった……それに気づいていれば……」
そんなことをブツブツと呟いた後、勇者は起き上がる。
自分が何故、このような状態にあるのかは分からない。
まるで時が戻ったようだ。
しかし、この幸運を活かさぬ手はない。
「行くぞ」
そう呟いて勇者はドラゴン退治へと向かい、そして今度は勝利したのだった。
「これはまさか……」
勇者は自分の身に起きたことを理解して呟いた。
自分は確かに魔王城に乗り込み、魔王に容赦なく八つ裂きにされたはず……。
それなのに、今は魔王城前の最後のテントの中で目覚めたのだ。
一人、また一人と死んでいったはずの仲間は皆生きており、そしてまだ眠っている。
傷はない。
勿論、痛みも。
勇者は一人、考え事をしながら殺された時の記憶を思い出す。
自分達、勇者パーティーは魔王に勝っていた。
少なくとも、そう油断した瞬間に魔王は体を恐ろしい化け物に変えて自分達を一瞬の内に殺したのだ。
いわゆる第二形態というやつか。
「奴は確かに化け物だ。しかし、奴が第二形態となる前に叩けば……」
そんなことをブツブツと呟いていると、仲間の一人が欠伸をしながら起き出した。
「どうしたんだ?」
「あぁ……」
勇者は曖昧な返事をしつつ言った。
「作戦を練り直そう」
まるで時が戻ったような感覚。
勇者は既にこれを何度も経験していた。
故に、勇者はいつもと変わらない。
つまり、この幸運を活かすだけだ。
魔王を倒し、勇者は人々の王となった。
彼は数十年を生きた後、やがて多くの人々に看取られて死んだ。
幸せな人生であったと勇者は本気で感じていた。
しかし、死の間際にあって思い出されるのは幾度となく経験した、あの時間の巻き戻りだ。
勇者はそれを疑問に思い、密かにそれを研究したりもしたが、結局答えを知ることはなかった。
あれは一体何だったのだろう?
そう思いながら、勇者は死を受け入れた。
・
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「これでエンディングかー」
一人の少年がそう言ってスタッフロールを見ていた。
その隣には少女が「面白かったでしょ?」と言って少年の表情を窺う。
何せ自分が勧めたゲームなのだ。
「いや、面白かったけど難しすぎじゃない? 何回やり直したか分かんねえよ」
「分かってないなぁ……レトロゲーはこの難しさがいいんじゃん」
クリアしたゲームから既に興味を失った二人の姿を知ってか知らずか、テレビにはかつてのゲームではよく見られたスタッフロールにおける最後のスタッフ『And You』がこれ見よがしに映っていた。