9 脱出、社長と合流
【現代】
医師の矢内原が反対するのを押し切って、来道達3人は地下の隠し部屋を出る。
来道と拓実は、ヒカル(道長)を支えながら出口を探した。
病院の秘密スペースは構造が複雑だった。
拓実がオロオロする。
「どうしよう! 出口が無いよ!」
来道が舌打ちする。
「チッ、どうなっていやがる!? こんなの違法建築だろ」
避難経路の表示が皆無だ。
消防法で設置を義務付けられているはずなのに。
機械やパイプがむき出しになった薄暗い廊下。
窓が全くないので地下だとは推察される。
来道が後ろを振り返り「追手は無いな」と、確認する。
焦る二人とは対照的に中身が藤原道長であるヒカル(道長)は呑気なものだ。
「これ、もう少し、ゆっくり行かぬか? 我は、くたびれたぞ」
その言葉を無視して来道が拓実に向かって怒鳴る。
「とにかく上へ出られそうな場所を探すんだ! 階段はない?」
比較的、同じ方向に進んできたという感覚はあった。
先を行く拓実が、扉を開いて叫ぶ。
「駐車場だ!」
「よし! てことは外に出られる!」
これが映画かドラマなら車を奪って逃走というシーンなのだろう。
だが、キーが付いたままの車なんて期待できない。
それに拓実も来道も高校生で免許は持っていない。
拓実が駐車場を見回して「こっちだ」と言う。
さほど広くはなく、駐車で埋まっているスペースも3割程度だ。
来道が急かす。
「ここは監視カメラがある! もたもたしてられないよ!」
* * *
地上に出ると、遠くで赤いライトの寄せ集めが野次馬のごとく蠢いていた。
風に乗ってサイレンの音が聞こえてくる。
上空にはヘリが数台。
片側二車線の大きな通りを挟んで、向こう側に壁が続いている。
どうやら病院の敷地内からは出られたらしい。
拓実が、ほっと息をつく。
だが、来道はヒカル(道長)を肩で支えながら歩くのを止めない。
「足を止めないで。少しでも病院から離れなくては」
拓実がトボトボ歩きながら疑問を口にする。
「ちょっと待ってよ、来道君。何で逃げなくちゃならないの? 警察に保護してもらえば良かったんじゃない?」
来道は首を振る。
「駄目だよ。あの矢内原とかいう医者、あいつは、やべえ奴だ」
「だったら、なおさら警察に言った方が……」
そこで来道は、ズボンに挿していた拳銃をチラリと見せる。
「こんなものを持って警察に行ける?」
「ちょ、持ってきちゃったの? そ、それ、いくら未成年でも逮捕されちゃうよ!」
慌てる拓実とは対照的に来道は考えを口にする。
「警察では手に負えないんじゃないかな。襲ってきた連中の正体が気になる」
しばらく歩いたところでコンビニが目に入った。
拓実が「何か飲む?」と、ヒカル(道長)に尋ねた。
ヒカル(道長)の代わりに来道が答える。
「水でいいんじゃない?」
そしてヒカル(道長)の方を見ながら「平安貴族に炭酸は刺激が強すぎるだろ」と付け加えた。
「まだそんなこと言ってる。タイムリープなんて……」
拓実はヒカル(道長)の中身が千年前からタイムリープしてきた藤原道長だとは未だ信じていない。
拓実が買い物をしている間に来道はスマートフォンをチェックする。
そこに電話がかかってくる。
「はい。九条です。ええ、弟の来道です」
ヒカル(道長)がキョロキョロしながら歩き出しそうになったので、来道はその腕を掴みながら通話を続ける。
「はい、社長。ご心配をおかけしています。姉が目を覚ましたので病院を出ました」
おそらく情報が錯綜しているのだろう。
病院での銃撃戦やヘリコプターの攻撃など前代未聞だ。
来道は、低空を飛ぶヘリコプターの爆音に苦い顔をして声を張り上げる。
「大丈夫です! でも、迎えにきてもらえませんか! 現在地は……」
* * *
芸能事務所の女社長は、運転してきた真っ赤な車から降りるなり、ヒカル(道長)に抱き着いた。
「よかった! 光ちゃん!」
女社長の豊満な胸を顔面に押し付けられたヒカル(道長)が「おうふ♪」と、声をあげる。
そして横乳付近を、さわっと撫でた。
「ひゃん」と、女社長がヒカル(道長)から離れる。
「ちょ、何するの?」
すると、ヒカルに憑依した道長が事も無げに言う。
「なかなかの物じゃ。くるしゅうない」
「は?」と、女社長が変な顔をする。
来道が慌ててヒカル(道長)を引きはがす
「ちょ、ま、まだ混乱しているからといって何やってんだよ! 姉ちゃんは」
来道は、後部座席にヒカル(道長)を押し込み、拓実と挟み込む。
女社長が運転席に乗り込みエンジンをかける。
「心配したのよ。病院があんなことになって。将門様にお願いはしておいたけど」
カーナビでは病院襲撃のニュースを中継している
『武装集団の背景は未だ不明ですが、自動小銃を携帯していたという目撃情報もあり、犯人グループは外国人という見方が広がっています』
車を走らせながら女社長が首を振る。
「怖いわねぇ。テロかしら。巻き込まれなくて良かったわね」
拓実と来道が顔を見合わせる。
拓実が肩を竦める。
「社長さんには正直に話しておいた方が良いよね?」
来道が肯く。
「うん。姉ちゃんは当分、芸能活動は駄目だろうし……」
そこで来道は、病院でヒカル(道長)が目覚めた時からの出来事を簡単に説明した。
社長は、時々バックミラーで来道達の顔をチラ見する。
謎の武装集団に乗り込まれ、矢内原という医師と隠し部屋に一時避難したこと。
さらには、ヒカル(道長)がタイムリープした藤原道長と入れ替わったのではないかという推論を聞かせた。
社長は「うーん」と、唸ってから感想を口にする。
「タイムなんとかっていうのは良く分からないけど、つまり、藤原道長の霊が乗り移っちゃったってことね」
拓実が顔を強張らせながら無理に笑う。
「あはは、社長までそんな非科学的なことを……」
「有り得る話よ。私は霊の存在を信じてるもの。きっと、藤原道長クラスの大物だと霊力も桁違いに強いんだわ!」
それを聞いて拓実が肩を落とす。
「ああ……社長はオカルト信者ですもんね」
女社長がオカルト好きで、平将門に心酔しているのは周知の事実。
彼女が、事あるごとに大手町の首塚を参るのは有名だ。
社長は運転しながらも興奮気味だ。
「そっかぁ、道長の霊ね。けど、千年間、どこにいたのかしら? 急に墓から出てきた? あるいは何度もその時々の時代に人間に憑依してエネルギーを補充していたのかも!」
拓実は、やれやれといった風にため息をつく。
「ここは東京ですよ。平安貴族の霊が眠ってるなら京都でしょ」
「あら、千年も時間があるんですもの。移動することもあるでしょ?」
二人のやりとりに口を挟むように、来道が社長にお願いする。
「とりあえず、今晩は、どこかのホテルに避難できませんかね?」
「いいわよ。けど、そんなに良い部屋は無理よ。弱小プロダクションだもの」
女社長の事務所は、九条光が所属するアイドルグループしかタレントが居なかった。
そもそも、この女社長も30代半ばで団体アイドルの出身だった。
来道は、スマホを操作して母親に連絡する。
「ウチには連絡しておきました。今夜は自分が姉貴をみます」
拓実が「じゃ、僕は……」と、遠慮がちに申し出る。
「拓実君は家に帰って母さんに事情を説明しておいて」
「わ、わかった……光の状態が心配だけど」
拓実はヒカル(道長)の横顔を見つめながら切ない表情を見せる。
だが、当のヒカル(道長)はウトウトしている。
女社長が尋ねる。
「来道君。敵は何者なの?」
その質問に後部座席に緊張が走った。
一寸、間をおいて来道が答える。
「分かりません。ただ、ヒカル姉ちゃんを狙っていることは確かです」
「そう。じゃ、守らないとね! タレントを守るのは社長の責務よ!」
そう宣言して、女社長は大げさにハンドルを右に切った。
そのせいでタイヤが悲鳴をあげ、後部座席の3人が左に寄せられてしまった。




